これからの日本のために「シェア」の話をしよう 三浦展 NHK出版 2011年2月
図書館本

非常に面白い、示唆に富んでいると思う。
まだ僕自身の理解不足かもしれないが「シェア」は共有とは訳さないほうが良いのだと思う。私有に対する共有とは違う文脈の中に存在する「シェア」というイメージであり、価値観なんじゃないかな。

団塊世代とそれを引き継ぐ高度成長期(バブル)経験世代の価値観は郊外の一軒屋であったり高層マンション所有であったり、自家用車の所有であったりする(特に都市居住者)。しかし、借金してまで家を所有したり車を持つことに価値を見出さない若者が増え(決して貧困層でないにもかかわらず)ている現状。
三浦さんが指摘するように日本全国には空き家空き部屋が800万(首都圏200万戸)あるという現状でシェアハウスが流行している。またレンタル出来るならレンタルで身の回りも用意してしまう。
あるいは時間貯蓄(日本的には地域通貨的)という価値観なども今後の流れのひとつになりそうです。

シェアハウスは共同体ではない。共同体からイメージされることは、成員の固定、束縛、空間的限定、時間的永続性、共同体同士の排除、競争、だと三浦さんは考える。
だから共同体から共異体(先の共同体イメージの対極)へのシフトを考える。
また大家さん側としても個別に部屋を貸すよりシャアハウスの方が儲かる例がかなりある。
シャアハウスの背景には団塊の世代等が購入した住宅やマンションに次世代の人が戻らないこともあるようだ。住宅地や団地から子供の声が聞こえなくなり老人だけの地域になる現状。逆に今後はそんな地域に若者が部屋を無料で借りて爺ちゃん婆ちゃんと共同生活なんていうシーンも考えられる。

またシェアはモノだけではなく、喜びといった感情のシェアもある。
ポスト資本主義的な流れがきているのでは対談の中で締めくくっていることに納得。

ただ、あえて触れていないのかもしれませんが、貧困におけるシェアに関しては書かれていない。「下流シェア」と「中上流シェア」では文脈が異なってくるだろうから。

そして先日大久保であったアパート火災、生活保護の方の53700円が住居費に支給され、それが大家さんに直接振り込まれるシステム。隣の部屋の人の顔も名前も知らない生活。
何か上手いシェアの方法で楽しく安く人生を過ごす手立てはないのかと思ってしまったのである。

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