放浪とか漂泊という文脈に親和力が非常にあるので、サンカ本なんかをかなり読みました。その中で沖浦先生の本が一番学問的論理的でした。
そんな沖浦先生の記事が出ていて、青春時代の事が書かれていました。
歴史学者の網野さんが一級下だったんですね。ナベツネさんはどうでもよいけど(笑)

以下記事の一部

高校は文科で、級友も30人のうち右翼信奉者は3人ほど。主力は西洋派で、動員先の大阪府池田市内の工場でも文学研究会を開いていた。そこへ、戦後民主主義とともに、発禁になっていた本もどっと出回ったから、隠されていた真実を知ろうと、むさぼり読んだ。当時の流行語は「昼はマルクス、夜は実存主義」です。

 思えば明治に続く「2度目の脱亜入欧」でした。旧来の伝統文化が「侵略戦争を支えた負の遺産」として否定され、ナチスと戦ったレジスタンスなどが大きく報道された。そういう空気の中で、社会科学研究会と浪高学生自治会を結成して、学生運動に熱中しました。大学入学は1947年で戦後の第1期生です。

 ――当時の学生運動はどんな様子だったんですか

 学生層の3分の2は戦場や軍隊からの帰還者。「自分も帝国主義戦争に加担した」という体験から戦後の生き方を追求しようとしていた。戦時中の教育が全部うそっぱちだった、という痛切な経験を原動力に、一度は戦死を覚悟した身が再び生き直すことになったわけです。

 国家や教授会や上級生など一切の権威が解体した時ですから、怖いもの知らずの、いわゆる「戦後派(アプレゲール)」。毎晩どこかの下宿に集まって、酒もないのに天下国家を論じてました。

 ――そのころ東大の学生運動のリーダー格だった「ワタツネ」を追い落とした大阪弁の活動家「ゴリカン」として知られていますね

 いま読売新聞の渡辺恒雄さんは2学年上で、有名な「主体性論争」の論客。私らは理論より実践、と1年生グループを作り上級生と対立した。翌春、後に「アンジン」として知られた評論家の安東仁兵衛(あんどうじんべえ)さんや歴史学者になった網野善彦さんら、たくさんの仲間が入学してきて、一気に第1期「全学連」結成に進みました。

(聞き手・佐伯善照)

    *

おきうら・かずてる 1927年生まれ。桃山学院大学名誉教授。専門は比較文化論。「『悪所』の民俗誌」「旅芸人のいた風景」「幻の漂泊民・サンカ」など著書30冊。作家野間宏さんとの対談「アジアの聖と賤(せん)」など4部作のほか、五木寛之さんや俳優の三国連太郎さんらとの対談本も多い。
(2011年5月24日付朝日新聞東京本社夕刊から



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