発信箱:人を励ますもの=福岡賢正(西部報道部) - 毎日jp(毎日新聞)

福岡さんの名前を見るとつい読んでしまう。
それは以前も書いたけれど、福岡さんの著作が素晴らしいからだ。
こんな記事を読むと、心が本当に温まる。

福岡さんいつもありがとう。




福岡県小郡市に住む三牧英範君と出会ったのは、私が記者になったばかりの28年前。体のマヒと重い知的障害があり、加えて右の眼球は小さくて視力がなく、左目も弱視、時折てんかん発作も起こしていた9歳の彼は、地域の子供たちからひどいいじめにあっていた。1年半後、父親の亨さんがハンストに踏み切った。物言えぬわが子を守りたいと、持病の狭心症を押して駅前に座り込み、道行く人々に訴え続ける姿に胸が詰まり、紙面で最大限応援した。けれど2年後に私は転勤し、何度かの手紙や電話でのやり取りの後、いつしか連絡することもなくなって2人のことなど忘れていた。

 10日前、そんな私のもとに一冊の新刊が亨さんから届いた。永井喜代子著「心のかけはし」(清風堂書店)。ページをめくると、永井さんが英範君からもらったという手紙の写真が収められていた。私は目を疑った。字を書くどころか満足に話すことすらできなかった彼が、マヒした手でしっかりした文章をつづっているのだから。

 きっかけは10年前。便りをくれる友達のいない英範君が郵便配達のバイクの音がするたびにがっかりする様を、亨さんが詩にして新聞に投稿した。それを読んで胸を痛めた永井さんが兵庫から絵手紙を送り始めた。週に一度届く自分宛ての便りに英範君は大喜びし、内容を理解して返事を書きたい一心で言葉を覚え、文字を獲得していった。本はその10年の軌跡をまとめたものだった。自分のことを気に掛けてくれる者の存在に、人はこんなにも励まされるのだ。

 懐かしい小郡の家を訪ねると、そこには私より大きくなった37歳の英範君がいた。

 「俺のこと、覚えてないよね」

 はっきり聞き取れる言葉で彼は答えた。

 「ううん。ぼく、覚えてるよ」

 24年も放っていたのに。

毎日新聞 2011年3月1日 0時04分



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