最近の特にはやりのキーワードは
サステナビリティーだろうか。

とりあえず、援助だの開発学だの、さらには自然科学系の文脈にも盛んに使われてますよね。(もし昔からあったら、おいらがバカなだけですが)

よくよく考えると、現状の暮らしを向上させながら、現状の自然環境を維持しようという様な取り組みなのでしょうかね。

そして、そのためにはテクノロジーという科学的根拠に基づく行動が必要なんでしょう。
しかし、はたしてそのテクノロジーだけで持続可能な社会が構築されるのかな?
現在の環境はすでに閾値に限りなく近づいているとジェフリーサックス教授(MDGsの人です)は指摘してますよね。

温室効果ガスがCO2であろうがなかろうが、人間による負荷が自然に対して異常に大きい事は誰しもが認めるところでしょう(認めて無い人もいるようですが)。

経済発展というお題目のためのテクノロジーが果たして、100年後の地球を持続可能な発展という枠組みで括りとれるのか、おいらにはさっぱりわかりません。

だって、これまでの歴史で持続可能であったのは、農業、林業、漁業等の自然の恵みによる産業だけじぇないかな。

そして、安い石油という戦略物資に基づくテクノロジーが、なんとか、最近まで発展というテクストを引きづり続けてきたわけですよね。
果たして原子力(将来的な廃棄物処理等のコストを考えるとどうなんだろう?)が夢のエネルギーとしてサステナブルなんでしょうかね?

結局は人間の欲望にすべてが収束するのだろうと思う、今日この頃。

結城登美雄さんの本を読んで、そんな事を思ったのである。