森や自然という文脈がよく似合う人だったと思う。
もっともっと書き綴ってもらいたかった。

2007年に読んだ本の感想を再度記しておきたい。合掌

今現在の歴史も森が作っている事を立松さんが法隆寺、伊勢神宮、江戸城などを例に出し判りやすく説明している。
立松さんが毎年正月に参加する法隆寺 1月7日から14日 お籠もりの行。金堂修正会(しゆしょうえ)の声明(しょうみょう)があるという。
 声明とはみんなで声をあわせて仏菩薩をたたえ、この場にきていだだき、こちらの祈りをききとどけてもらう。その根底の願いは、地味増長である。土に力を下さいという請願である。次に五穀成就だが、土が米や麦を実らせてくれ、森の木を育ててくれる。こうして食べるものが豊富にあれば、万民富楽となる。人々が幸せになるなら、国は安泰であるから、鎮護国家とつながる。
法隆寺では毎年これを行い、千二百三十数年前から行われているそうだ。
法隆寺のヒノキの一枚板の扉は1300年前のそのままの材である。その材は樹齢千年とも千二百年とも言われており1300年前に伐採したとすると実に2500年前に生きていた木と言うことになる。
皆伐による自然破壊は既に戦国時代から認識されていて木曽などでは「ヒノキ一本首一つ」と言われるほど盗伐に対する罰が重かった。
江戸城西の丸全焼 (1838年3月10日)この復興のために木曽の木が大量に伐採され(庶民の家2500軒分とも言われている)特に大木が伐採されてしまった。
また江戸の開発のために(当時日比谷界隈はまだ入り江だった)大量の木材が必要となり多くの木材が切り出された。
伊勢神宮の20年事の式年遷宮(正宮・別宮の全ての社殿と鳥居を建て替え、御装束・神宝も造り替え神体を遷す)のために1万本のヒノキが必要とされ木曽を御杣山として大切にした。
このように森が無ければ現在の日本は存在しなかった。そんな意味も含めて立松さんは「美林を歩け」と我々に訴える。

日本の歴史を作った森 (ちくまプリマー新書)
日本の歴史を作った森 (ちくまプリマー新書)
クチコミを見る