大都会の中にある畑、里山。
そこには循環する時間が存在する。
土地と自然が人間という動物に恵みを与えてくれる。
そして自然と共生、共死する文脈の中で「手入れ」という技能は
簡単には習得出来るものではない。

おじさんは、何気にあたかも簡単に美味しい野菜や綺麗な花を育てて
しまう。その背景には絶え間ない努力と自然との会話が存在する。
さげさかさんの目線はそんな心象風景を鮮やかにデジタルカメラで
映し出している。

ふと通り過ぎてしまう都会の中の畑に、実は高度に蓄積された手入れという技能、自然に逆らわない、そして脳化されていないおじさんという
日本があるように思う。

いつまでも、この本の中にある風景が残って欲しい、そこには市場経済と
いう文脈では到底説明のつかない自然と共にあるはずの自然資本者としての人間の姿が見えるし、おじさんの姿を見ているさげさかさんのお嬢さんの笑顔と笑い声が聞こえてくる。

おじさんの畑は、今日もにぎやか。
おじさんの畑は、今日もにぎやか。
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