四手井さん(1911−、京都帝大林学科卒、林野庁技官、京大教授、モンキーセンター所長、京都府大学長等を務める)の生き様を森さんが聞いた記録でしょうか。

里山という言葉は、四手井さんが提唱したそうだ、もとは農用林といっていたそうだ。木を切り、燃料に使い、その時でる灰を肥料にして田畑にまく。
森林生態学講座というのも四手井さんが作った。今西錦司は文化勲章はもらったが、学士院会員にはなっていない、古いあたまの連中は生態学をまだ学問だと認めてない。
昔の林野庁は技術者が少なく文官が多かった、現在は技術者も増え長官に技術者がなったが、林業の技術面では帰って悪くなった。
青秋林道が予定されていたあたりのブナ林はそんなに良いブナ林ではない、鳥海山の麓などに素晴らしいブナ林があったが戦争末期にみんな切ってしまった。
スギ・ヒノキ一辺倒というのが日本の林業で一番の問題。人工造林は繰り返せば繰り返すほど土が悪くなる。特に同じ樹種だと早く悪くなる。(三重の尾鷲を例にだして)
日本の土地の70%は森ということになっていますが、そのうち植林地が41%です。つまり70%あるもりの半分くらいは自然の森で無く造林してしまった。それはあかんと思う。せいぜい3割です。
九州阿蘇であった水害、その原因は川べりまでスギやヒノキを植えたせい。同齢一斉林ですから根の深さも太さもみんな揃っている。植えた方が悪い。
ドイツは人工造林をすでにやめて天然更新、日本も取り入れているが、問題はササ、ササを枯らさんと天然更新しない。木曽田にでも一度だけ枯殺剤をまかせました。(ドイツにはササはない)。出来るだけ天然更新して、樹木も何も混ざった雑木林をつくることが大切。
結局、私がいいたいのはね、私がやってるのは森の科学的な解明ですが、そやなしに、森と人との関係はやっぱり心やと思うんです。意味も何もない。ただ森におったら安らかやということです。
原生林信仰みたいな、それだけをありがたがるのでなく、いろんないまの地球上にある植生を出来るだけ保存する方向で考えんといかん。森に貴賤なしということです。
自然保護運動に参加:西表島の林道、知床、山形の縦貫林道、南アルプススーパー林道(反対したが完成) 学者、研究者にはわれ関せずの人が多い。私は林野庁の林業行政を十分に批判して方向を誤らないようにするのが、大学教官のつとめであると思います。
全体を知っとる人、全工程をやれる人というのがむしろ必要なんですね。学問でも手仕事でも。森のマイスターが日本でも出来るとよい。“林業の匠”とか、名前はなんでもかまわないから。
大人は直接に自然保護を教えようする、そうでなく自然そのものを教えなければいけない。それを保護するか保護しないかは子供が自分で考えればよい。すくなくとも中学生までの理科は野外で教えるべきだと思う。私も90ですがね、私らにお金をかけなくともいいから、次の世代を担う子供や青年に金をかけなさい。

私は21世紀に何を望むかではない、次の世紀に生きる人々に「あやまる」ことしか残さなかったと答えている。悪化した森林や自然をこのままにして、私はこの世から去らねばならない。努力はしたが、何もならなかった。それほど日本ばかりでなく地球の自然は壊れてしまった。私たちが「壊した」といった方がいいだろう。まことに申し訳ないと思っている。みなさんの手で地球を十分に守れる、もっとよい森林にしてくださいとお願いするしかない。


森の人 四手井綱英の九十年
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