図書館本

佐藤さんが高校時代聞いていた竹村さんのラジオ番組の想い出話などから国家論に発展する。竹村さんの別荘に佐藤さんご夫妻が訪問しての対談をまとめている。
個人的には竹村さんの著作(原子力発電施設で事故など起こらないという主張、その後臨界事故)や外務省職員の著作での帯へのコメント(女ひとり家四軒持つ中毒記 )で竹村氏は好きではない。

本書では佐藤さんのかなり個人的な背景なども吐露しながら話しが進む。
母方が沖縄の島のご出身であることからその戦争体験を身近に感じておられれて、琉球民族の魂の鎮魂をも考えつつ沖縄、北海道独立をほのめかす。
また神学者としての背景と外交を通しての宗教論を織り交ぜた神道世界遺産論も面白い。
また日本にキリスト教が広がらなかった理由を、優秀な宣教師を送らなかった(神道や儒教が根付いていたから)考察している。これは内山節さんの考えとは異なっていて面白い。すなわち中国や韓国は儒教で合理と言う思想があったのでキリスト教が入り安かった。しかし日本は森羅万象であり自然信仰があり儒教は支配者側の論理であったからだと言う説明となる。
読書に関して、知識は熟読においてのみ身に付く、速読はあくまでも知識の確認に過ぎないと指摘する。
また、これまでの主張の通り、権威と権力が明確に分かれていることで日本が発展してきたと指摘する(天皇制と政治の分離)。そして安易な憲法改正は国家体制を危うくすると。(竹村氏は改憲支持)
日本にリセットが起こらないのは(中国とは違い)、天皇家の伝統が連綿と続いていて、逆説的にいえば、自虐史観が出現するのは日本が神の国だからです(この場合の神の国の意味は天皇と自然の神の両方を含むと思われる)、皇統が続いている国だから、過去に対して永遠に責任を持たなければいけないという刷り込みがもたらされる。それは日本人だからなのです。革命が起こる国では、ああした発想は生まれません。p277


国家と人生―寛容と多元主義が世界を変える