おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

2015年05月

中国人エリートは日本人をこう見る 中島恵 日経プレミア 2012

図書館本

中島さんの「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか? 」2015が非常に良かったので読んでみました。

日本のマスメディアが垂れ流すヘイトスピーチと同類のアジア蔑視とニッポン優越論。
アジアからの観光客抜きに存続出来ない日本の観光地。

日本と中国あるいは韓国との対立を煽る事で得をするのは誰か?
それを考えれば如何に現状流布している情報が偏っているかが分かるはず。

本書は中島さんの日本および中国でのインタビューを通して炙り出される若手中国人(80年代、90年代生まれ)の本音だろう。

争う事よりお互いを知り合う事が日本の国益であることは間違いない。

ダブルスタンダードで苦しむ中国が今後は日本やアジアとの関係性の中で相互利益を相互平和の基盤の上に築いていきたいものである。

備忘録メモ
全体的な意見、平均的意見はない
中国の大学で教育を受けた若者がインタビューの対象
自然と共生する日本人の生き方 (もっとも東方文化伝統を継承するニッポン)
売るのでなく授与する(お守り)、払うでなく納める(初穂料)
トイレの綺麗さ
ACG(アニメ、コミック、ゲーム) 中国のオタク 良い文化
歴史授業の最重要課題としての「明治維新」
愛国教育の経験から日本に興味 辛亥革命と孫文と日本
中国国内からみえない世界(GDP世界2位のプライド)
能力さえあれば対等な日本、濃い人間関係に支配される中国
新しい上司は中国人の現実
感情の抑制が美徳な日本
親を大切にしなさい、勉強しなさいの中国
男は男らしく、女は女らしくの日本、みんなと仲良く、人に迷惑をかけない(現在の40代以上?)


山あじさいの隠れ里2を目指して(笑) おやじの花園計画

山あじさいの隠れ里 ( 神奈川県 ) - 蝋燭問屋の離れから - Yahoo!ブログ


こんな立派な門構えもなく、無神経にヤマアジサイを植えまくっております。汗

やっと今年は路地植えも沢山咲いてきました。


来年には一般公開しようかな(笑)

古家が崩れて落ちている可能性は大であるが。

国破れてヤマアジサイありも良いかな。





5月28日現在の路地植えヤマアジサイ等
アジサイ2アジサイ

公明党さんは平和の党ですよね???

東京新聞:2500万人 知らぬ間に義勇隊:伝言 あの日から70年:特集・連載(TOKYO Web)


東京新聞 良い仕事してます。
後方支援という名の戦争突入。

戦争草案に同意して9条を変えるんですか?>公明党さん

僕は支持政党なしですが、志位さんの質問は素晴らしかったと思う。
それに引き換え、辻元氏に「質問早くしろよ」とやじる国家首領。

まあ、彼にとっての首領様はアメリカ様なのでしょうが。

以下記事

戦争末期、本土決戦が避けられないと判断した政府と軍部は、なりふり構わぬ構想を抱いた。「国民義勇隊」。後方支援に加え、銃後の人々にも敵軍に立ち向かうよう求めた。隊員は二千五百万人以上と想定され、多くの人々が知らぬ間に隊に組み込まれた。それは病を抱えた人も例外ではなかった。 (沢田敦)

 「自分の身の始末ができないようでは、他の足手まといになります」「前線にある皇軍将兵は(略)現地自活の体制を固めていることは、私共の頭を垂れて傾聴すべき事実であります」

 熊本県合志(こうし)市のハンセン病国立療養所「菊池恵楓(けいふう)園」に記録が残る「義勇隊員必携の栞(しおり)」には、自活を求める言葉が並ぶ。「とにかく『他人の手を取らせるな』と言われましたがね」。入所者の土井繁さん(87)は戦時中の記憶をたどった。

 土井さんは十歳の時、皮膚がただれ、手足が変形することもあるハンセン病にかかった。感染力は極めて弱く、今は薬で治るが、国の政策で園内での生活を強制された。

 一九四三年、十六歳になると園の青年団に入った。当初は演劇など入所者向けの出し物が主な活動だった。それが、運動場を開墾してサツマイモなどを育て、防空壕(ごう)で不自由な入所者を世話するように変わっていった。

戦時中の記憶をたどる土井さん。現在はほとんど視力を失っている=熊本県合志市で
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 園の職員や青年団の幹部から「戦地の兵隊を思え」と口酸っぱく言われた。土井さんは「毎日何かしていないと、非国民のような雰囲気だった。敵が来たら、殺し合いもしたかもしれない」と振り返った。

 土井さんには、国民義勇隊に所属していたという記憶はない。しかし、土井さんがしていたのは義勇隊の活動そのものだった。

 義勇隊は四五年三月に創設が閣議決定され、五〜六月、全国各地の職場や地域で組織された。記録によると、園では同年六月に職員と入所者で結成し、任務は防空や防衛、食糧増産、空襲被害の復旧、物資輸送だった。最前線で戦う「義勇戦闘隊」になり得るとも定めていた。

 戦時下での入所者の活動を調べている同園学芸員の原田寿真(かずまさ)さん(29)は「戦争への協力を明確にするため、青年団を義勇隊に移行させていた。日々の活動に大きな変化はなく、義勇隊員になった意識のない入所者が多かった」と語る。

 園と同様に、全国各地でも知らないまま義勇隊に組み込まれた人は多い。政府や軍部はこうして国民全体を本土決戦に動員する態勢を整えていった。
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1945年3月、鹿児島県志布志湾岸の砂浜で竹やり訓練をする女性たち=志布志市教育委員会提供
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◆女性、障害者…根こそぎ

 戦争末期、国は町内会や婦人会、青年団、学校を通じ、女性や障害者まで根こそぎ、戦争へと組み込んでいった。その総仕上げとも言えるのが「国民義勇隊」だった。知らぬ間に多くの人々が一員となり、竹やりの特訓などを強いられた。そして、義勇隊が動員された広島に原爆が落ち、多くの人命が失われた。
◆強いられた竹やり 飯田さん、牧さん

飯田イソさん
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 「こんなまねやって、何で勝てるかと思いましたよ。そんなこと言えんかったですけど」

 飯田イソさん(92)=千葉県大網白里市=は、七十年余り前を振り返り、ぽつりと漏らした。

 「こんなまね」とは竹やり訓練のこと。飯田さんは戦況が悪化した一九四三年ごろから駆り出されていた。地元の青年団などに入っていたためだった。そして、国は一九四五年三月以降、本土決戦への態勢を整えるため、全国の青年団を義勇隊に組み込み始めた。

 飯田さんの住む千葉の九十九里浜は当時、米軍の上陸が想定されていた。それだけに訓練は厳しかった。近くの小学校に集まった団員には、女性も多かった。指導役の在郷軍人は容赦なく銃で突っついたり、尻を引っぱたいたりした。

 「『エイ、ヤー』と言っては、竹やりを持って校庭を駆けてね。みんな『やだ、やだ』と言ってた」

牧愛子さん
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 銃を持った米兵に立ち向かうには、竹やりでは粗末すぎる。二十歳を超えたばかりの女性の目にも明らかだった。

 やはり米軍の上陸が想定されていた鹿児島県でも、多くの女性が竹やり訓練に励んでいた。

 「なぜか『精神の乱れー、一、二、ヤー』と校庭で声を上げ、練習しましたね」。鹿児島市の牧愛子さん(87)は志布志高等女学校(鹿児島県志布志市)に通っていた当時を思い出す。近くの砂浜では婦人会の女性らも訓練に励んでいた。

 牧さんは四四年二月、女学校の卒業式を一カ月繰り上げ、女子挺身(ていしん)隊員として鹿屋(かのや)航空廠(しょう)に配置された。日の丸の鉢巻きを締め飛行機の部品の製図を続けた。

 「神風が吹いて日本が勝つ」。信じていたその日は来なかった。

 終戦の日、米軍が上陸したといううわさが流れた。酷暑の中、牧さんは鹿屋から八時間歩き、志布志の自宅にたどり着いた。

     ◇

国民義勇隊の原爆による被害を紙芝居で語り継いできた木村秀男さん=広島市西区で
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◆紙芝居で被爆伝承 木村さん

 国民義勇隊の動員で悲劇も起きた。

 四五年八月六日、隊員一万一千人が広島市の中心部に集められていた。建物を撤去して防火帯を造り、空襲による延焼を防ぐ「建物疎開」の作業にあたるためだった。そこに原爆が落ちた。半数近い四千六百人余が命を落とした。

 「国民義勇隊は仕事中に熱線で大やけどを負い、皮膚は垂れ下がり、肌は露出して助けを求めている」

 国民学校高等科の一年生だった木村秀男さん(82)=広島市西区=は、学徒動員で建物疎開作業に向かう途中で被爆し、被害に遭った隊員を目撃した。

 やけどの熱を冷まそうと水につかったまま、大勢が息絶えて沈んでいった。初めて作業に向かった隣町の人々の姿もあった。「女性が多かった」と木村さんは声を落とした。

 原爆の惨状を紙芝居で子どもたちに語り継ごうと、木村さんは十年ほど前から絵を描き、その数は約八百枚に上る。義勇隊員の話は、二カ月かけて二十枚の紙芝居にまとめた。

 「あの日のことは、いまだに夢に出てくる。あのような物がある限り、人類滅亡の日がやってくる」

大瀬戸正司さん
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◆「動員が原爆被害拡大」大瀬戸さん

 広島平和記念資料館は五年前、国民義勇隊の企画展を開いた。担当した広島市職員の大瀬戸正司さん(51)は「動員がなければ助かった人も多かったのではないか。国民義勇隊による動員が原爆の被害を大きくした」と語る。

 展示に向けた資料集めは難航した。

 国は青年団などを義勇隊に編成し直しても、末端にまで届いていなかった。資料の焼失や散逸はもちろん、隊員だったという自覚がなかったことも要因だ。覚悟がないまま、多くの人が本土決戦の準備に駆り出されていたことになる。

     ◇
◆「聴覚生かせ」阿佐さん

阿佐博さん
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 障害のある人たちも戦争への協力を強いられた。

 「敵機爆音集」と題した四枚組みのレコードがある。千葉陸軍防空学校が監修し、米軍爆撃機「ボーイングB17D」など計四機の高度を変えた飛行音が収められている。

 「軍人から『君たちの鋭い聴覚がお国の役に立つ』と言われてね」。東京盲学校(現筑波大付属視覚特別支援学校)に通っていた阿佐博さん(93)=東京都板橋区=は話す。

 幼いころに事故で失明し、師範部の学生だった四二年ごろ、音で敵機の来襲を察知する防空監視員の候補生に選ばれた。放課後に週一、二度、レコードを聞き、機種や高度を答えた。

 「役に立つとは思わなかった。だって音が聞こえた時、飛行機はすぐ近くに来ているわけだから」

 阿佐さんが苦笑するように、同校からは任務に就いた人はいなかった。

 しかし、石川県七尾市では実際に配置された。昨秋に百歳で亡くなった近江谷勤さんがその一人。周囲に「私のような者でも国のお役に立てるとうれしかった」と話していたという。

岸博実さん
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◆「負い目逆手に」岸さん

 視覚障害者の戦争体験を調査する京都府立盲学校非常勤講師の岸博実さん(65)は、「兵士になれないという視覚障害者の負い目を逆手に取り、戦争に駆り出した」と政府や軍部を批判する。 (沢田敦)

  ◇

<国民義勇隊> 対象は国民学校初等科修了から男性65歳、女性45歳までで、病弱者や妊婦以外はなるべく広く含むとされた。当初は防衛と生産を目的とし、官公庁や会社、工場は職場ごと、その他は地域ごとに、全国各地で結成された。閣議決定から3カ月後の1945年6月に施行された義勇兵役法で戦闘に参加する「国民義勇戦闘隊」への移行が決まった。本土決戦の際には2500万人以上を動員する構想だったが、想定された武器は竹やりなどだった。戦後、国民義勇隊は「準軍属」とされ、建物疎開などの作業中に亡くなった隊員4000人以上の遺族に弔慰金が支給された。
◆本土決戦の人柱に
◇纐纈(こうけつ)厚さん(64)山口大副学長
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 陸軍を中心とする戦争指導部は一九三八年の国家総動員法以後、矢継ぎ早に二百以上の法律を制定し、物から人間まで戦争への資源としていった。戦局が絶望的となっても戦争終結の道を求めようとせず、むしろ本土決戦態勢を固める方針を打ち出していった。

 その一つが国民義勇隊だった。「義勇」は「強制」の対義になる。しかし、自発的に組織されたというのはカムフラージュで、実際は国家による強制だった。多くの国民は知らぬ間に組み込まれ、知ったとしても拒否はできなかった。

 四五年三月二十三日に組織化が決まった背景には、一夜にして十万人以上が犠牲になった同月十日の東京大空襲の衝撃があっただろう。そして、沖縄が陥落する六月には義勇兵役法を施行。義勇隊を発展させる形で十五〜六十歳の男子、十七〜四十歳の女子を国民義勇戦闘隊に組み入れた。

 当時、本土防衛の兵力はほとんど空で、義勇戦闘隊に配給する武器も皆無に近かった。竹やりなどを武器にしようとしていたことが、それを裏付けている。近代兵器で重武装する敵軍に対して「素手」で戦うよう求めたのだ。

 戦争末期、指導部は東京に近い千葉県九十九里浜への米軍上陸をもっとも恐れた。その際、多数の義勇兵を人柱にし、質より量で正規軍のために時間を稼ごうとしたとみられる。

 もっとも、武器を持たない義勇隊が戦力になるとは、指導部も考えていなかっただろう。創設の本当の狙いは、本土決戦を控えて国民に広まりつつあった厭(えん)戦機運を払いのけることだったといえる。





保阪嘉内 ―宮澤賢治全書簡 岩手県立美術館

常設展 - 特別展示「私が友 保阪嘉内 ―宮澤賢治全書簡」


心友としての保阪嘉内(山梨県 韮崎) 保阪もクラーク一期生の大島正健校長に習っています。
嘉内から賢治宛ての手紙が無いのが不思議なのであります。

以下HPより案内

岩手県立美術館

タイトル
特別展示「私が友 保阪嘉内 ―宮澤賢治全書簡」
日時
2015年4月24日(金)〜2015年6月28日(日)
場所
松本竣介・舟越保武展示室

宮澤賢治は1915(大正4)年に盛岡高等農林学校に入学、翌年に保阪嘉内と出会い、1917(大正6)年には他の2人を加えた4人が 中心となり、同人誌《アザリア》を刊行します。1918(大正7)年に嘉内は退学処分を受け、盛岡を去りますが、彼らのつながりは途切れるこ となく、互いに手紙をやり取りすることで、友情を保ち続けました。賢治が嘉内に送った手紙は72通残されており、自作の短歌を書いたもの から、理想と現実の狭間で苦悩する自身の胸のうちや、日蓮宗への信仰を綴ったものなど、その内容は多岐に渡ります。賢治が嘉内に宛てた書 簡が岩手で公開されるのは初めてのことであり、当時の賢治の内面を知る上で貴重な機会と言えるでしょう。
 また、今回の特集展示では、手紙以外に嘉内のスケッチブックなどの絵画資料を展示していきます。手紙による展示で彼らの内 面を、また絵画資料による展示で、視覚芸術との関わり方を浮かび上がらせ、新しい宮澤賢治像、保阪嘉内像を作り出すことを目指します。






ブラック企業としてのリニア

2015年5月25日東京新聞

自分もこのイベントを聞きに行きました。
登山者や釣り人が興味を持ち出していただいているようです。

ある講演者が言っておりましが、あと5年早く皆さんが気がついてくれていたら、違う展開もあったのでしょう。と。
確かにその通りなのですが、どうしても自分に直接関係ないと無関心になってしまいますね。

また、ジャーナリストの方が、山渓や岳人といった雑誌にリニアの事をかいたらブラック企業から抗議があり
ご説明に伺ったなどという発言もありました。

環境アセスメントが無法地帯化して、環境省などまったく無視されて進んでいる現実を多くの方は知りません。

また地方自治体の専門家といわれる方が参加される審議会も実は御用学者(土木系、東大、京大系)がマジョリティを占めているわけですから。

山も森も沢も壊されてから、「知らなかった」という文句は成立しないんですよ。

今も、人知れず作られている治山ダム、農業ダム、砂防堰堤等々、全部国民の税金なんですよ。

150525東京新聞

イルカ クジラ 


faroe islands dolphin
これで画像検索してみると。。。。。

デンマークに所属しいているけど、デンマークの法律には縛られない様です。

くれぐれも自己責任でね。

個人的には意見を留保したい。

文化、宗教、歴史。

日本の追い込み漁との違いも良く知らないので。

【大 賞】 「原発と大津波 警告を葬った人々」

第3回 日隅一雄情報流通促進表彰式のお知らせ | 日隅一雄・情報流通促進基金

日隅さんは、もんじゅ問題で自殺されたエリートの方の裁判にも活躍されました。

以下転載

← 日隅一雄・情報流通促進賞 2015 大賞決定!
第3回 日隅一雄情報流通促進表彰式のお知らせ
投稿日: 2015年5月22日 作成者: admin

日隅一雄・情報流通促進賞は、表現の自由、情報公開、国民主権の促進に生涯を捧げた日隅さんの理念を基に、日隅一雄・情報流通促進基金によって2012年に設立されました。

公正な情報の流通の促進をし、真の国民主権の実現に貢献している個人や団体を顕彰し、支援を行うことを目的としています。

このたび、選考委員による選考を経て本年度の受賞者を決定し、下記のとおり、日隅さんの三周忌の5日後にあたる6月12日に表彰式を開催いたします。多彩な受賞者のみなさまからスピーチをいただくとともに、今後の日本社会のあり方をみなさまとともに考えたいと思います。みなさまのご参加をお待ちしております。

●日時: 6月17日(水)午後6時30分〜8時00分(開場 午後6時15分)
●会場:日比谷コンベンションホール(大ホール)
    東京都千代田区日比谷公園1−4(旧・都立日比谷図書館)
●交通:東京メトロ 丸の内線・日比谷線・千代田線「霞ヶ関駅」徒歩約5分
    都営地下鉄 三田線「内幸町駅」徒歩約3分
    東京メトロ 千代田線・日比谷線「日比谷駅」 A14出口より徒歩約7分
●地図:http://hibiyal.jp/hibiya/access.html
●参加費:無料

贈賞者の一覧は以下の通りです。
【大 賞】 「原発と大津波 警告を葬った人々」(岩波新書) 添田孝史様
【奨励賞】 季刊誌「ママレボ」 和田秀子様・吉田千亜様
【特別賞】 『建白書』を実現し未来を拓く島ぐるみ会議    
      東海林路得子様

●主催
日隅一雄・情報流通促進基金

http://hizumikikin.net/









原子力ムラの陰謀: 機密ファイルが暴く闇
今西憲之+週刊朝日編集部
朝日新聞出版
2013-08-20

20150523-24 敏江ママの納骨 鳥取 

5月23日 羽田より鳥取コナン空港

その日はスターバックスコーヒーの無かった鳥取に初めての進出ということで開店前に1000人が並んだということで、午後にたまたま車で前を通りかかったらまだ行列

前日に鳥取大学獣医時代に習った南先生の通夜が同じく土曜日にあるとMLで連絡があった。ママと同じ68歳との事だった。南先生の研究室にいたH村君が広島より告別式には参加すると聞いていたが、まさか土曜日の夜に飲む事になるとは、、、

夜は、ママの納骨式に参加する東京組3人と鳥取在住の同じくバイトでママの店でお世話になったT君夫妻(現在某県庁課長)、銀座の店でバイトしていて現在大山町に戻っているN嬢で会食

夜9時、故ドクターの次女と、某店(ひよっと子(笑))で鳥取の海産物やら色々食していたら、H村君から電話。
なんと鳥取に着いたとの事。
当然、一緒に飲む。
大学当時(35年位前)の想い出話に花が咲き、飲みまくる。
その後、僕の知っていて、残っているBar(渚)に行き、また飲む。

そして鳥取の夜はふけていった。

翌日は納骨式

無事に敏江ママはお母さん、お父さんと同じお墓に。
鶯がさえずり、ちょうどお田植えの風景の中で。

その後、丸茂さんで会食、源泉かけ流しの湯に入り 東京へ。

今年は既に鳥取2回 ドクターの7回忌、そして敏江ママの納骨。鳥取の父と母が亡くなってしまった。

循環する時間の中で、いつの日か、また会える事を楽しみにしている。

鳥取「敏江の部屋」 銀座「とんぼ」 敏江ママの生涯は「利他」という生き様だったように思う。

人生を教えてくれた恩人である。
こんな記事がまだありました。銀座のお店。

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チューリップ 青春の影

東京新聞の夕刊の連載 わくわくしながら毎日読んでいる。

大好きな歌

なんどカラオケで歌っただろう。

先日、生で聞かせていただいたときには涙が止まらなかった。

そしてこの財津さんの話 5月22日夕刊。

そしてこの映画のラストシーンも。青春の影

150522東京新聞




さよなら、クロ ~世界一幸せな犬の物語~ メモリアルBOX [DVD]
妻夫木聡
ハピネット・ピクチャーズ
2004-02-06

人間の勝手なんだよね。オオカミ導入論

オオカミ復活で日本の山の生態系守れ 6月8日、川越でシンポ - 産経ニュース


確か「白神学」の中で、オオカミが人間の赤ん坊を連れ去ったという話が出てきますが、、、

以下転載

シカの食害などによる生態系破壊をオオカミの視点で考えようと、「日・米・独オオカミシンポジウム2015 復活と保護」(産経新聞社など後援)が6月8日午後6時から川越市のウェスタ川越で開かれる。

 日本オオカミ協会が同月3日から8日まで、全国6カ所で開催するシンポジウムの一環。川越では同協会埼玉県支部(岩堀弘明支部長)が主催する。

 日本では約100年前、ニホンオオカミが絶滅。生態系の頂点に立つ捕食者がいなくなり、シカやイノシシなどが急増。森林が食害され、農作物被害、山の荒廃を招く一因となった。

 シンポジウムはアメリカとドイツのオオカミ専門家2人が講演。米国・イエローストーン公園で絶滅したオオカミを再導入した結果、破壊された生態系が修復された事例や、ドイツでのオオカミ保護の現状などを紹介。パネルディスカッションも行われ、会場の質問も受ける予定。

 岩堀支部長は「日本でも荒廃した山を回復するにはオオカミの復活しかない。オオカミは人を襲うという誤解があるが、もともと臆病な動物。オオカミを理解し、復活を求める機運を高めたい」と話している。

 入場無料。定員は先着順で300人。同時通訳のレシーバーを貸与する。申し込み締め切りは6月3日。問い合わせは、事務局(電)049・225・5111。







八巻太一 と沖縄 梯梧隊 

資料館日記: 「八巻太一(やまき たいち)展」 開催中


須玉町江草の出身だという八巻。

無教養なおいらは何も知らなかった。

沖縄昭和女学校 

勉強します。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-157402-storytopic-212.html
より
転載

 昭和10年代後半―。その当時の17、8歳といえば女性は新陳代謝が最も活発で髪の毛一本一本にツヤがあり、ほおもほんのりと赤味がさして素顔が美しい時期だった。いろいろな夢や希望を抱いていたに違いない。

 戦争中女子学徒隊のほとんどの人が栄養不良とショックで生理が止まったと聞く。中には捕虜になった途端に出始めたという人もいる。戦争は命を奪うだけでは飽き足らず生きている少女たちの生理的機能をも狂わせた。

 昭和56年6月23日「慰霊の日」―。糸満市伊原にある昭和高女の戦没者を祭った梯梧之塔で23人の学友を失った4人の婦人がひっそりと写真撮影をしていた。彼女らはこの日つぼみのまま枯れ、咲くことを許されなかった亡き旧友たちの魂を慰めた。塔には花がたむけられささやかな果物が供えられた。周囲にはほのかな線香の香りが立ちこめていた。

 4人の婦人は、高見(旧姓小嶺)幸子さん(58)=那覇市楚辺=と稲福(旧姓浜元)マサさん(56)=浦添市宮城、それに諸見川(旧姓潮平)美枝さん(58)=伊是名村諸見=らで私立沖縄昭和高等女学校の12期生。

 「戦後、ひめゆり部隊を描いた映画を見ました。実際の戦争はそんな生やさしいものではありません。どんなに優れた作家や映画監督でも描けません。その恐ろしさは体験した者でないとわかりませんよ」と諸見川さんは強調した。

 終戦後の昭和23年6月、他の女子学徒隊に先がけて羽地国民学校で同窓生20人、遺族20人、八巻太一校長、職員らが参加して慰霊祭が行われた。その後も数回慰霊祭が行われたが、その存在はあまり知られていない。

 昭和高女は昭和5年3月に八巻太一(山梨県出身)校長によって那覇市崇元寺町(現泊)の西南に設立された。商店・会社・銀行の事務員養成を主目的としてそろばん、簿記、英文・和文タイプなどが主要科目の商業校であった。昭和15年の沖縄県統計書によると職員12人、在学生177人、入学生91人、卒業生57人となっている。

 昭和高女12期生31人は昭和20年3月6日に第62師団(石部隊)野戦病院、通称石5325部隊に看護隊として配属された。学校のあった崇元寺の美しい梯梧並木と梯梧の花をあしらった校章から後に「梯梧隊」と呼ばれるようになった。彼女らの母校は沖縄戦で消滅、遂に卒業証書を手にすることができなかった。

 梯梧之塔は昭和高女の慰霊の塔で最初八巻校長らによって崇元寺町の校庭跡に建立され、その後同窓生らによって糸満市伊原に移された。最初に建てられた塔は崇元寺近くにまだ残っている。

 梯梧之塔には石部隊と共に南部の激戦地伊原まで移動した7班と8班の梯梧学徒隊の戦没者8人と沖縄戦で戦死した他の生徒、職員ら54人が合祀(ごうし)されている。

 7班に途中まで所属、行動を共にした照喜納(旧姓屋富祖)節子さん(57)=南風原町宮平=は沖縄戦で父親と幼い妹を失った。照喜納さんは「戦争は二度と起こってはならない。何年たっても同期で亡くなった人たちが忘れられません」と嗚咽(おえつ)をもらした。「戦争で亡くなった旧友は私たちの礎です。線香の煙を絶やしてはいけません」と言う照喜納さんの声はズッシリと重たい。

 昭和19年の10・10空襲前のまだ平穏なころ、昭和高女12期生31人は崇元寺の校舎で石部隊野戦病院の軍医、下士官4、5人から内科や外科に関する救急措置の理論を学んだ。看護講習を終えて、20年3月6日に彼女らは首里赤田町の石部隊病院壕へ入隊。山城という民間の家に宿泊しながら実習を学んだ。

 実習の全課程を終えないうちに予定が早まり、実習生たちは南風原町新川のナゲーラの壕に移動した。米軍が慶良間にまだ上陸しないころだった。

(「戦禍を掘る」取材班)

1984年8月7日掲載

2011年朝日新聞の記事
沖縄の女子教育に尽力、八巻太一に光 山梨の高校生ら

 戦前・戦中の沖縄で女子教育に心血を注いだ山梨県出身の教育者八巻太一(やまき・たいち)。山梨県内の高校生が戦後初めて、修学旅行先の沖縄で八巻の教え子に会い、看護隊として沖縄戦で亡くなった女学生をしのぶ慰霊塔に献鶴した。八巻が沖縄に渡って今年で丸100年。八巻を顕彰する動きが前進している。

 15日。修学旅行で沖縄県糸満市を訪れた甲府一高の生徒たちが「梯梧(でいご)之塔」の前で立ち尽くした。この塔は、沖縄戦で命を奪われた女学生の霊を慰める「ひめゆりの塔」のすぐ近くにたたずんでいる。

 梯梧之塔は八巻が那覇市につくった旧昭和高等女学校の女学生による学徒看護隊「梯梧隊」の悲劇を伝える。1950年に八巻が校舎の跡地に建立し、71年に移転された。

 「来てくれてありがとう」。生徒たちは、八巻を知る数少ない同窓会「梯梧会」の女性会員8人に出迎えられた。顔に刻まれた深いしわ。20人程度しかいない会員の平均年齢は80歳を超える。

 英文タイプライターの指導をはじめ、先進的だった八巻の実践教育や、爆死や自決などで17人の隊員のうち9人が絶命した梯梧隊について5代会長の稲福マサさん(85)が語りかけた。

 修学旅行の事前学習で八巻や梯梧隊を採り上げた2年生の深沢芽来(めぐる)さん(17)は「私財を投じて沖縄に学校を造った。尊敬しています」。2年生で生徒自治会長の西野四季さん(17)も「こちらこそありがとうございましたという気持ちでいっぱいでした」と語る。

 戦後66年間、山梨県内の修学旅行生が学校単位で梯梧之塔を訪れることはなかったというが、今年は韮崎、甲府東両高校の生徒も足を運び、祈りを捧げた。




備忘録 リニア

リニア、語られない重大な懸念と、前代未聞の難工事 車内気圧変動とヘリウムショック | ビジネスジャーナル

先月の記事

品川〜名古屋間を40分で結ぶリニア中央新幹線の建設工事で最難関工区と目される「南アルプストンネル新設工事」の山梨県区間が3月13日、大手ゼネコン(総合建設会社)などに発注された。ゼネコン各社は施工方法や工費などを盛り込んだ見積書を8月までに東海旅客鉄道(JR東海)に提出。その中で、最も優れた提案を行った会社が正式契約を得る予定で、総事業費5兆5000億円に上る「今世紀最大の国家的プロジェクト」(鹿島建設幹部)の工事が具体的に動き出す。

 この南アルプストンネルは、標高3000m級の山々が連なる赤石山脈の真下を貫く全長約25kmの山岳トンネルだ。陸上の鉄道トンネルとしては東北新幹線の八甲田トンネルや岩手一戸トンネルなど、より長いトンネルがすでに供用されており、長さ自体は目新しいものではない。

 このトンネルが着工前から難工事と喧伝されるのは、日本列島を左右に分断する大活断層「糸魚川静岡構造線」を横切る上に、地表からトンネル天井までの土の厚さを表す土被りも1100mに達するという「国内でも施工事例がないトンネルを、2025年10月までに完成させなければならない」(同)ためである。

 土被りの量だけを取り上げると、世界にはヨーロッパアルプスの真下を通るスイスのゴッダルドトンネルのように2500mに達するものがあり、上越新幹線の大清水トンネルも地表から1300mの深さに掘られている。だが、「地質が目まぐるしく変わる構造線のトンネル工事は、実際に掘削してみないとわからない」(同)。わずか650mを掘り進めるのに10年の歳月と16もの工法を駆使しなければならなかった北越急行の鍋立山トンネル(新潟県)のような事例もある。ちなみに鍋立山トンネルも、糸魚川静岡構造線と並ぶ大活断層「柏崎千葉構造線」の上に位置している。

 JR東海が目指す27年の開通を現実のものとするには、南アルプストンネル以外にも、全長約37kmの大深度地下トンネル「第一首都圏トンネル」や同34kmの「第一中京圏トンネル」、木曽山脈を貫く同23kmの「中央アルプストンネル」など、「長大トンネル工事の百貨店」(国土交通省)と例えられる各工区をすべて、遅延なく完成させなければならない。一本の軌道に導かれて走るという鉄道の特性上、一つの工区が欠けても開通できないことは指摘するまでもないだろう。
語られていない懸念


 しかしリニア中央新幹線の場合、首尾よく開業にこぎ着けられても、新幹線のような安定高速輸送機関として定着できるかどうか、そのカギを握る、あまり語られていない懸念事項が2つある。

 それは車内の気圧変動をどこまで抑えて快適な車内環境を提供できるかという車両設計上の課題と、リニアの心臓部であり技術のコアといえる超伝導磁石の冷却に欠かせない、ヘリウムの安定確保という問題だ。

 JR東海が昨年8月に国土交通省に申請した工事実施計画の線路縦断面図という資料がある。それによると地下40mに設置される品川駅を出発したリニアは、首都高速中央環状線山手トンネルの下をくぐるため一旦、地下80mまで下りた後、東京都内から神奈川県にかけて大深度地下で通過。営業線にそのまま転用される山梨実験線を経て海抜約250mの「山梨県駅」(仮称)を過ぎると、40パーミル(1000m進むごとに40m上がる)という急こう配を駆け上がり、山梨県駅から西におよそ40km、南アルプストンネルの中に設けられる海抜1209mのサミットを目指す。

 時速500kmで走るリニアにとっては、山梨県駅から5分弱の距離である。だが乗客は、この間におよそ960mの高低差を強制的に体験させられることになる。

「六本木ヒルズ」をはじめとする国内の主な超高層ビルに設置されているエレベーターの速度は分速360mで、それに比べればリニアの垂直加速度は低いとはいえ、エレベーターの搭乗時間が1分未満なのに対して、リニアはその5倍。しかもサミットを超えると伊那谷に設けられる「長野県駅」(仮称)に向かって、今度は40パーミルで急降下していく。

 さらにこのアップダウンは、南アルプストンネルに続く中央アルプストンネル内でも繰り返される。リニアは水平方向の速度だけでなく、上下方向の移動の面でも「わずか40分の間に地下80mから海抜1200mまで目まぐるしく移動する、世界に例を見ない乗り物になる」(陸運業界紙記者)のだ。

 もちろん、リニアの車体を航空機並みの気密構造にして、軽い与圧をかければ乗客の不快は抑えられるだろうが、果たして、人体に与える影響は無視できるレベルのものであろうか。しかしながら、JR東海の技術力をもってしても解決が難しそうなのが、前述したヘリウムの世界的な逼迫問題である。
ヘリウムショック


 12年末に起きた「ヘリウムショック」を覚えている方も多いに違いない。長年、1kg当たり2500円前後で推移してきたヘリウムの輸入価格が、需給バランスの乱れによって6000円を超えるまでに急騰し、がん検査に用いる磁気共鳴画像装置(MRI)が一時、使用停止に追い込まれたり、飛行船が飛べなくなったりしたほか、東京ディズニーランドでもキャラクター風船の販売が中止に追い込まれた。

 世界の商用ヘリウム産出量の8割を握る米国で、製造設備の老朽化などから供給量が減る一方、中国をはじめとする新興国でヘリウムの主に製造業向け需要が急増したことが背景にある。さらに厄介なのはヘリウムが大気中に0.0005%しか含まれないため空気からの採取が極めて難しく、加えて米議会が「2020年までは認める」と定めている輸出姿勢がそれ以降は不透明であること、そして現在のペースで需要が増え続ければ30年代後半にはヘリウム自体が枯渇するという可能性すら出てきたことだ。



 軌道上に設置した無数の超伝導磁石を冷却し続けるのにヘリウムが欠かせないリニアにとっては、ヘリウムの需給逼迫は文字通りの死活問題であり、枯渇は悪夢以外の何ものでもない。リニアに5兆5000億円の巨費を投じるJR東海にとっても、深刻な経営課題として急浮上している。
JR東海、リップサービスの真相


 そうした状況の中で昨年4月、安倍晋三首相がオバマ米大統領との首脳会談でリニアの技術を米国に無償提供すると突然表明し、関係者を驚かせた。安倍首相とJR東海の実力者・葛西敬之名誉会長は親しい仲にあり、同社の了承の下のリップサービスであったことはいうまでもない。

 その葛西氏はかつて、新幹線の技術を中国にタダ同然で渡した東日本旅客鉄道(JR東日本)と川崎重工業を「国益を損なう行為」と激しく批判したことがあったが、180度異なる葛西氏の今回の対応も、ヘリウム不足を補助線として考えるとわかりやすい。主要メディアは米国へのリニア新幹線の売り込みが目当てなどと報じたが、真相は「虎の子のリニア技術をタダで渡す代わりに、同社にはヘリウムを安定的によこすように」という政治的な取引なのである。

 JR東海や国交省は、ヘリウムに代わる超伝導磁石の冷却技術の開発を急いでいる。しかし、ヘリウムフリーの高温超伝磁石の実用化には、まだ至っていないようである。同社の焦りは募るばかりだ。

 今から半世紀以上も前、東海道新幹線の開発を指揮した国鉄技師長の島秀雄氏は、鉄道の良い意味での「枯れた技術」を集大成して時速200kmの高速鉄道をまとめ上げた。それが今も続く列車乗車中の乗客の死亡事故ゼロという安全性の土台となった。翻ってリニア中央新幹線のプロジェクトとそれを司るJR東海の姿勢を眺める場合、ある種の自己過信と冒険、綱渡りの姿勢とが、所々に見られると思うのは筆者だけだろうか。
(文=編集部)



ダム不要を訴える地域

基本的に原発もダムもリニアも巨大防潮堤も同じ構図だと思います。

人口減少、超少子超高齢化、労働生産年齢人口の減少、既存インフラ等の維持管理費増大。

こんな状況の中で進む、土建利権夢をもう一度でしょうか?
トリクルダウン理論はお金が国内で回る状況において、もしかしたら成立する。
現在の様なタックス・ヘブンによる租税回避や脱税による海外への資産移動において
トリクルダウンなどいう構造はあり得ないというのが常識でしょう。

一時的に土建関連に金が集中し(建設国債でツケは未来いの子供)、下受け企業にも少しカネが流れ、
非正規労働者に僅かな賃金が支払われ、それが消費拡大に繋がる?

いまだに公共事業が日本が救うなんていう利益代表が強靭化なんぞと言ってますが、彼らは決して責任なんか
取りません、「こんなはずじゃなかった」とか「世界の急激な変化」とか言ってごまかして終わり。

いつも損をしたり、戦争で死ぬのは一般市民だという常識を忘れないようにしたいですね。

現在ダム反対を訴えている地域
阿蘇 立野ダム
FBはhttps://www.facebook.com/Stop.Aso.Tateno.Dam

石木川ダム(パタゴニアも反対派を応援) こちらも http://www.ishikigawa.jp/

FBはhttps://www.facebook.com/ishikilawyers https://www.facebook.com/ishikigawamamoritai  https://www.facebook.com/kobarutokai
小国川ダム
FBは こちら
日本最初のダム撤去 荒瀬ダム


ダム問題とは

まだまだ沢山あります。そして人知れず山奥で地域住民も知らない間に作られる治山ダムや治山堰堤。

それみんな税金。
こちらは中止になったダム wikiより




ダムが国を滅ぼす
今本 博健
扶桑社
2010-08-18



電磁場と健康 リニア 野生動物への影響は

時事ドットコム:電磁場対策強化を国連やWHOに要求=科学者190人〔BW〕


【ビジネスワイヤ】39カ国の科学者190人が、電磁場と無線技術のリスクを示す証拠の増加を受け、電磁場対策強化のガイドライン採用を求める要求書を国際連合、国連加盟国、世界保健機関(WHO)に提出した。要求書では、高周波と超低周波を「発がんの可能性あり」と分類したWHO国際がん研究機関の勧告をWHOが無視し、業界寄りの国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の勧告を支持していると批判している。特に子供と妊婦に対する予防措置の奨励、電磁場曝露の制限、健康リスクに関する公衆教育を要求。野生生物に対する影響の評価も求めている。
 【注】この記事はビジネスワイヤ提供。英語原文はwww.businesswire.comへ。 (2015/05/19-10:48)

原文HPはhttp://www.emfscientist.org/index.php/emf-scientist-appeal

国連事務総長宛てアピールの邦訳は下記 jpegに変換しています



Japanese_EMF_Scientist_Appeal_2015_ページ_1Japanese_EMF_Scientist_Appeal_2015_ページ_2Japanese_EMF_Scientist_Appeal_2015_ページ_3

備忘録 東京銭湯マップ

東京銭湯マップ | 東京銭湯 最新情報


http://www.1010.or.jp/ こちらがメインページ
多言語対応
色んな検索が出来たりする。

家の狭い風呂に嫌気がさしているおいらとしては、そしてガキの頃はずっと銭湯通いだったおいらとしては
哀愁な銭湯であります。

正しく腰に手をあてて、一気に瓶のコーヒー牛乳を頂きましょう!

甲府の鷹の湯があった時代、僕は少年時代を謳歌していたんだな。

今も源泉はマンションの中に引き込まれているんだよね。


ドラッカーと論語 安冨歩 東洋経済新報社 2014

図書館本

読んだ事がないドラッカーと論語であります。
結論から言うと結局昔の人は偉かった!
普遍的な人の進むべき道を論じ、人生はカネだけでは無いという事。

もしドラすら読んでいませんが、安冨さんの視点はドラッカーの思想考え方と孔子は同じであるということだろう。

備忘録メモ
小人とは君子と対極に位置し、仁が作動しない人物であり組織の上に立ってはいけない。
マネージャー=君子 君子=仁たりうる者
ドラッカーの「イノベーション」は技術革新などに留まらない
イノベーションの本質をもっとも理解したのは実は近代の日本byドラッカー
組織の3階層 トップマネジメント マネジメント 現場  そして顧客 その間にコミュニケーション
ドラッカーとフロイトとの出会い 母親とフロイト
ナチス全体主義への対抗手段としてのマネジメント
組織はあくまで手段であって目的でない
徳によってこそ国家が運営される
組織の恐ろしさ 巨大化の弊害
組織の成功例 インド統治=イギリス 9人の政務官 その下に100人の監督官 報告書(情報) 
          病院、交響楽団
情報の洪水=インターネット
情報責任=全員
ポスト資本主義の組織 オートメーション インフォメーション
関所資本主義=ボトルネックを掌握して利益=資本主義の本質 by 安冨
今後は関所の喪失
大学=知識のダムから変貌 インターネット=関所無き時代
日本=関所時代のコミュニケーションで国債乱発
P2P ビットコイン アウトソーシング
日本の銀行 50万人位で十分 実は250万人 2003年ドラッカーインタビュー 銀行という関所

真摯さの誤訳(もしドラ) integrity of character 安冨訳=人格の統合 それが「仁」

ドラッカーと論語
安冨 歩
東洋経済新報社
2014-06-20


土建利権 なにも変わらない山梨県 リニア 富士山登山鉄道

リニア建設 優先的予算配分を - NHK山梨県のニュース


リンクが切れるので貼っておきます。

期成同盟会という土建利権再び。
目先に銭に目がくらみ、未来の子供や自然など全く無視なんですね。

そして富士山に登山鉄道なんていう利権まで。スイスの様な山岳国家と同じなんて言いませんよね?
富士山噴火のハザードマップを作ってまうよね? スイスには火山ありますか?



リニア建設 優先的予算配分を

リニア中央新幹線の建設を促進するため、山梨県内の関係者で作る期成同盟会の総会が昭和町で開かれ、甲府市内に建設が予定されている新駅の周辺整備を見据え、アクセス道路の整備などに交付金を優先的、重点的に配分するよう国に求めていくことになりました。

昭和町で開かれた県のリニア建設促進期成同盟会の総会には、県内の市町村長や市町村議会の議長などおよそ190人が出席しました。
この中で、会長を務める後藤知事が「JR東海、市町村と連携し、地権者に丁寧に説明しながら工事計画に遅れが出ないよう、用地取得を進めていきたい」とあいさつしました。
また、来賓として出席したJR東海の金子慎副社長は「現在、ルートの中心の測量の準備を進めていて、そのあと用地取得になる。引き続き用地の取得や工事で発生する土の活用に協力してほしい」と述べました。
このあと、同盟会では甲府市大津町に建設される予定の新駅の周辺整備を見据え、アクセス道路の整備や治水対策などに交付金を優先的、重点的に配分するよう国に求めることや、体験乗車に多くの希望者が参加できるよう、JR東海に求めることなどを決議しました。

05月18日 14時41分

こちら富士山関連

富士山登山鉄道整備を提言へ

世界文化遺産、富士山の山梨県側の環境保全や観光振興策について、地元の検討会は、ふもとと5合目との間に新たに登山鉄道を整備すべきだという提言を盛り込んだ最終報告の案をまとめました。

富士山の世界文化遺産登録を受けて、富士五湖観光連盟では、おととし、地元自治体や有識者などでつくる検討会を立ち上げて環境保全や観光振興策について話し合い、18日までに最終報告の案をまとめました。
それによりますと、ふもとと5合目とを結ぶ有料道路、「富士スバルライン」で毎年夏に行われているマイカーの乗り入れ規制では、環境保全に限界があり、入山者数をコントロールして車の排気ガスや廃棄物の不法投棄などの環境問題を解決するためには、スバルラインに新たに登山鉄道を整備すべきだと提言しています。
鉄道の整備によって、▼これまでスバルラインが閉鎖されてきた冬の間も観光客が5合目に向かえるようになり、▼噴火の際には観光客や登山者の避難にも活用できるとしています。
この最終報告案は、18日午後、東京都内で開かれる検討会で示されることになっています。

05月18日 07時01分

ヤマアジサイの開花シーズン

手抜きにて育ててきたアジサイ達
昨日も近所の方に無理やり10鉢ほど差し上げてきました(笑)

そろそろ家や家の周りの植えるスペースが無くなってきました。

今年は挿し木を少なめにしないとかな。。。。

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脳化社会を憂う 養老先生

私だけの東京・2020に語り継ぐ:解剖学者・養老孟司さん 都市化のひずみ、見直す時 - 毎日新聞


養老さんキーワード
手入れ
脳化社会(こうすればああなると頭だけで考える社会)
都市化
身体性

昔からまったくぶれない養老哲学満載

以下
東京大学のある本郷(東京都文京区)から上野の山にかけては、ちょうどいい散歩コースなんです。若い頃はよく、大学の裏手から坂道を下りて不忍池のほとりに出て、再び坂を上って上野の山へ行きました。本を読みながら歩くのが常でしたが、本郷辺りの裏道は幅が狭く、車が少ないので危なくなかった。来ても向こうがよけてくれました。大学では「歩きながら本を読んでいるやつがいたら養老だ」と有名だったそうですが。

 本郷の他にも、坂のある町や起伏のある町を散歩するのが好きですね。麻布十番から有栖川宮記念公園、広尾にかけてもよく歩いたなあ。坂道や川があり、古い建築物も多かった。でも、六本木の再開発以降、街並みが一変して足が遠のきました。東京では近年、あちこちで再開発が進み、最新鋭の高層ビルが乱立しています。空調や人の出入りを完全管理しているようなビルは、僕が東京で一番行きたくない場所です。1日いたら、体調が悪くなりそうだ。

 密閉された建物の中にいるのと、屋外にいるのとで最も違う点は何だと思いますか? 変化がないことですよ。今、話をしているホテルのこのロビーだって、明るさも温度も一定で風も吹かない。これが体に悪いのです。「環境が変わると疲労する」と思いがちですが、違います。人の体は無意識のうちに環境の変化に対応している。それが生きているということです。変化のない人工的な環境は、体のバランスを崩す。そんな環境がまともだと思っているのは人間の意識だけ。現代人に体調不良やうつ病が多いのも、根本には不自然な環境に長時間押し込められていることがあるように思えてなりません。

 都市とは、人間が頭で考えた世界を図面化し、作り上げた空間です。都市で暮らす人間は、何でも計画通り進むのが当然だと思っていて、不確定要素をできるだけ排除して生きている。特に東京はそう。それで、山手線や新幹線が数分遅れれば大騒ぎし、地震があれば驚くわけです。でも、本来は生きること自体が不確定なんですよ。人は必ず死にますが、いつ死が訪れるかは分からないのですから。

 日本では3、4代くらい前までさかのぼれば、ほとんどの人がお百姓さんです。その頃は世界は不確定の連続だと、皆が理解していた。作物を同じように育てても、毎年同じ量の収穫があるわけではありません。台風もあれば、日照りもある。病気にやられることもあるのです。

 しかし戦後、都市化が進み、サラリーマンが増え、人々は「明日はこうなる」という予測の下で生きるようになった。会社でも役所でも、新しいことを提案すると、上司に「どんな結果になるのか」と必ず見通しを問われるでしょう? 「やってみないと分かりません」なんて言ったら相手にされない。官僚はその最たるものです。

 昨年、少子化による消滅可能性都市に東京都豊島区が含まれていることが大きな話題になりました。でも、都会の論理で考えれば、東京の人が子どもを産まなくなるのは当然です。子育てなんて不確定の連続。どんな顔の子供が生まれるのかさえ分からないのですから。

 とはいえ、このままで良いわけがありません。私は以前「官僚は1年のうち3カ月程度は田舎で農作業をするべきだ」という“現代版参勤交代”を提唱しました。自然の中で体を動かし、東京的な発想を見直すことが、この国の将来のために大事だと思ったのです。

 先日、久しぶりに本郷周辺を歩きました。戦中戦後の「外食券食堂」だった大衆食堂や、僕の学生の頃から続く居酒屋、理髪店などが残っていました。個人経営の店だから続いているのでしょう。東京は自然だけではなく地域の共同体も排除してきましたが、「家業」を継ぐ人たちは地域に根を張って共同体を支えています。その意味でも、こうした町は残っていってほしいですね。

 最近、東京駅の赤れんが駅舎や歌舞伎座のように、古い建築物を復元したり、保存したりする動きも出ています。都会の論理を見直す気持ちが出てきたのならうれしいですね。人間が生きる仕組みは簡単に変わるはずがないのですから。【聞き手・小林祥晃】

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 ■人物略歴
 ◇ようろう・たけし

 1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東大医学部卒業後、解剖学教室へ。95年、東大教授を退官、同名誉教授に。2003年、ベストセラーとなった「バカの壁」で毎日出版文化賞特別賞。


戦争立法


反戦、非戦、不戦なのです。

戦争は爺さんが決めて、おっさんが命令して、若者が死ぬ

正しい(正義の)戦争などは存在しないのです。

戦争ボケより平和ボケで行きましょう。

クリックすると拡大
15年5月カラー戦争立法マンガチラシ

悲しき「部族Tribe」(『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2015』)

REALKYOTO 悲しき「部族Tribe」(『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2015』)


このブログ?の文章に鳥肌が立った。
僕はいわゆる理系人間なので、人類学とか民俗学と言うモノを知ったのは中年になってからだった。
宮本常一や柳田國男等々。

常に学問に存在する光と影がこの文章の中から読み取れる。

以下転載
3回目を迎えたKYOTOGRAPHIEのテーマは「部族」。出展作品のなかでも出色は、マルティン・グシンデがパタゴニア、フエゴ島の先住民族を撮影した写真と、人類学者でもあったフォスコ・マライーニが能登舳倉島の海女を撮影した写真である。それが目新しいからではなく(*1)、「写真の本質は記録にあり、作家性が前面に出た芸術写真より被写体の真正性が勝る」からでもない。両者が人類学・民俗学的な写真、さらには二つの文化の狭間で生じる写真に必ずつきまとうコロニアルなフレーム(撮影者と被写体の関係、眼差し)を超えているからである。


人類学は、西洋の白人が非西洋圏の「未開」部族を「研究対象」とする学問として、つまり徹頭徹尾コロニアルな学問として成立した。そうした部族は、白人入植者や宣教師によって植民地化された土地の部族であり、とりわけパタゴニアでは害獣のように駆逐され殺戮されて(*2) 遅くとも20世紀の半ばには全滅する。20世紀初頭の人類学者が、写真機や録音機を携えて世界各地へ赴き、滅びゆく部族を記録して回ったのは、人類学がジェノサイドの裏面であったから、彼らが良心的な共犯者であったからに他ならない。

その記録写真には、被写体を「標本」にするスタイル(正対し、画面中央に単体ないし複数一列の被写体を据える)と、その「自然態」をスナップするスタイルがあった。コロニアルなフレームは、この二つのスタイルに支えられている。その目的は一種の分離主義にあり、対象を、撮影者と決して交わらない存在として純粋にアイデンティファイすることである。被写体(見られる者)と撮影者(見る者)を分割し、距離を保全するのだ。

さて、フエゴ島のインディオも日本の海女も、グシンデやマライーニが初めて見出した被写体ではない。むしろ二人は遅れて来た者であり、その写真は幾人もの先行者(*3)の仕事を前提としている。

例えば、グシンデに先だって、フエゴ島のインディオを撮影したチャールズ・ファーロングは「自然態」スナップのスタイルを採用していた(*4)。その10年後、グシンデの写真に見られる多くのインディオはスペイン名のファーストネームをもち洋服を身にまとっている。「自然態」はもはやありえなかった。彼の写真は、インディオが彼の頼みに応じて昔の成人通過儀礼を再演して見せてくれた、その記録なのである。だからグシンデは、「再演」を「自然態」にみせる代わりに、標本スタイルを選択する。と同時に、通過儀礼の写真では精霊の名を、日常写真では個人名を記すことによって、「標本」を否定した。「標本」は一つ一つ名指されて一種の「遺影」と化す。それはグシンデの「家族」の —彼自身が顔面に同じペイント(家系を表す)を施されて写っている写真がある— 遺影であり墓碑銘なのである。

二重の否定(自然の否定と標本の否定)を経て撮影されたグシンデの遺影写真に比べて、マライーニの海女の写真は肯定的な幸福感に満ちている。ドイツの人類学者が抱えた疚しい良心を、マライーニはもたなかった。そもそも彼は、アフリカや北南米の研究者と異なり対象民族(彼の場合はアイヌ)の滅亡の原因が白人社会にはない地域の人類学者として来日したのだった。しかし、その後マライーニの関心は、消えゆく民族の記録から、戦争の激動を経てもなお地域で生き延びていた民俗の記録へ、消滅から持続へと移行したように思われる。

すでに述べたように、「自然態」スナップはコロニアルである。「無垢」な被写体に対して、「民俗の記録」「エロス」「神話的世界」といった多義的な意味を一方的に投射すること、それが(白人男性の)コロニアルな眼差しというものだ。が、そんな多義性を捨てて、マライーニは海女とともに海に飛び込んでしまう。水中写真こそ、このシリーズの頂点である。被写体と同じメディウム(海水)に身を浸すことで、撮影者と対象の位置関係は不安定になり、画像は激しく流動し、それとともにコロニアルなフレームが溶け去っていく。エロスと神話は、マライーニがそれに与って初めて生きてくる。


所与の「Tribe」をアイデンティファイして尊重し合うだけならば、それはフレンドリーな分離主義にすぎない。「Tribe」をすべて「人間」という大集合に溶かし込むなら「Tribe」は消える。「Tribe」とは、アイデンティティによる共同性(主語「われら」)ではなく、顔面を塗り海に潜るといった行為による共同性(動詞「〜する人々」)に与って主語のアイデンティティがゆらぐときに出現するものだろう。グシンデとマライーニの写真は、特定の部族のアイデンティティを記録したからではなく、彼らのアイデンティティのゆらぎを記録したからこそ「Tribe」の写真なのである。


〈注〉

*1 前者は数年前から「ケムール人(ウルトラマンシリーズに登場する宇宙人)の原型はここにあった!」などとYouTubeやまとめサイトで話題であった。後者の『海女の島』はすでに2013年に未來社から再版されていた。

*2 白人が持ち込んだ伝染病に対して免疫がなかったため絶滅したというまことしやかな説もあるが、パタゴニアでの金採掘と羊放牧場開拓に乗り出したアルゼンチンとチリの植民者が、狩猟ノマドであったセルクナムを積極的に排除したことは言うまでもない。なかでも悪名高いJulius Popperという男は「オナ(=セルクナム族の別名)ハンター」を自称していた(Marisol Palma Behnke論文参照。Begegnungen auf Feuerland. Fotografien von Martin Gusinde 1918-1924 (Ostfildern: Hatje Cantz, 2015) p.26)。


*3 グシンデにとってのEdward CurtisやCharles W. Furlong、マライーニにとっての岩瀬禎之、あるいは海辺の「自然」で「素朴」な住人にギリシア神話の世界を重ねる点において、Wilhelm von Gloedenのシチリア、タオルミナの漁師の少年たちなど。

なるほど 京土会 リニアもあるのですね

【大阪都構想】京大・藤井教授が橋下市長に反対する「分かりやすすぎる理由」

京土会はこちら

強靭化の藤井せんせ
リニア許認可の国交大臣
リニア計画にかかわった天野氏

土木利権はもうやめませんか?

結局は、東大土木と京大土木の利権なのかな。
そして土木の教授はゼネコンに学生を送り込む構図。
分かりやすいですね。
さらに土木行政天下り先としてのゼネコン下受け会社等々。

ちなみに土木学会
「自然に対する畏敬の念を持ち、美しく豊かな国土と持続可能な社会づくりに貢献します」
だそうです。


役員一覧
まさに官産学民集団









リニアとトンネル 

リニア、鍋立山のことなど - 記事の裏だって伝えたい


ジャーナリストの樫田さんのブログより。 一番下に紹介する樫田さんの近著も是非読んでみてください。

以下
●鍋立山のこと

 昨日のブログで、土木技術者の方が書いてくれたトンネルの難工事の事例を紹介しました。
 そのなかで、

・北越急行ほくほく線鍋立山トンネル 長さ9.12km 工期22年(1973.12〜1995.11)

 がありますが、ここに出てくる「鍋立山」については、3年ほど前、このブログでも紹介したことがあります。こちらです。

 ここでは、鍋立山に関する部分だけを切り出してみます。

ーーここからーー

 この新潟県においては、かつて、あの「青函トンネル」や「英仏海峡トンネル」をも上回る「世界一の難工事」と言われた山岳トンネル工事がありました。

 それは「鍋立山トンネル」

 現在の北越急行ほくほく線の「まつだい駅」と「ほくほく大島駅」とを結ぶ長さ約9キロのトンネルです。

 鍋立山周辺は、日本有数の地すべり地帯としても知られているのですが、ここで工事が始まったのは1973年。
 そして、貫通したのが、95年。

 つまり、22年間もかかっているのです。
 驚くのは、途中の650メートルだけにその半分の11年もかかっていることです。

 なぜか?

 天然ガスや石油の滲出が絶えず、また、山の地圧が掘削機を押し戻す(!)という想定外の事態が続出したためです。

 wikipedia にはこう書かれています。


 掘り進むごとに地圧は強くなり、壁面を仮に支える支保工はねじ曲げられ、切羽(掘削面)からの押し出しが激しくなり、ついには厚さ90cmのコンクリート壁が破壊されるという有様であった。かくて、1988年3月にはNATMによる掘削の断念を余儀なくされる。
 替わって1989年1月には先進導坑掘削のため、3,500tもの推力を持つトンネルボーリングマシン (TBM) が導入されたが、65mほど進んだところで泥火山による水とメタンガスと硬い岩石が混ざったヘドロ状の土でカッターの回転が止まり、前進も後退も出来なくなってしまう。ついには地圧に負けて押しつぶされたあげく掘削開始地点より35m手前まで押し戻されてしまった。


 これは、事業者にとっては本当に「想定外」続きだったのでしょう。

 と、ここで話をリニア中央新幹線に振ります。というのは、リニアはその想定ルートの86%もが地下トンネルや山岳トンネルで占められるからです。

 特に、南アルプスに関しては、初のトンネル掘削ということもあり、地質学の専門家たちは「掘るべきではない」と警告を発しています。

(中略)

 果たして、南アルプスにトンネルを開けることは可能なのか?

 私はJR東海に問い合わせてみました。

 回答は「南アルプスの長大トンネルについては、水平ボーリングを実施し、地質等の状況と確立されている技術を踏まえ、トンネル掘削は可能と判断しました」というものです。

ーーここまでーー

 ここで捕捉をすると、JR東海が行った水平ボーリングとは、2008年、長野県大鹿村で実施されたものです。
 それがどういう水平ボーリングかというと、

★直径10センチ x 長さ1キロ

 つまり、全長25キロにもなる南アルプス部分のトンネルの、水平距離の25分の1だけの調査で「掘削は可能」としたということです。残り24キロは「確立されている技術」で何とかなるということです。


●トンネル工事の出水とは人が流されること

 これも、2014年10月27日のブログからの引用ですが、準ゼネコンのベテラン社員は、いかにリニア建設の工事を断ろうかと考えていました。
 難工事で会社の採算が採れないこと、異常出水が予想されることがその理由でした。

 以下、引用します。

ーーここからーー

「わが社では躊躇しています。というか、リニア計画への参入には後ろ向きです」

 なぜ?

「弊社の採算が取れるかが怪しいから。おそらく受注したら、1Kmあたり数十億円や数百音円での枠での受注となるでしょう。つまり、弊社がその額面以内で工事を終えられるかです。これまでの整備新幹線は、国と自治体のお金で建設されたから、工費がオーバーになっても、それをカバーしてもらえた。だが、今回は違う。全額、2兆円以上の赤字を抱えるJR東海の自己事業です。
 また、南アルプスは難工事になるのは間違いない。そうなると工費はかさむ。さらに、何が難工事かというと、異常出水が必ずあること。異常出水ってすごいですよ。だって、トンネルのなかで人が流されるんだから。それで、もし社員が一人でも二人でも死んだなんてなったら、シャレになりません。JR東海は当然弊社の参入を見込んでいるけど、今、どうやってそれを断ろうかと…」

 また、その異常出水や水枯れは必ず起こるわけですが、評価書のなかで、JR東海は「事後調査をする」と言っています。Bさんは、「いったん受注すれば、事後にも関わることになる」と怖れます。

「もし異常出水した場合は、その水を元の水源に戻すなどの工事が必要になります。そして、いったん地上に出てきた地下水はph(ペーハー)も変わるし、変質もする。それを元々の水質に戻すには、莫大な資金がいる処理施設が必要。その建設や維持も、JR東海と契約を交わす1キロあたりいくらの受注額のなかでやりくりしなければならない。腰が引けますよ」

 自分の会社だけではなく、ゼネコンにしても、進んで参入する会社はそれほどないはずだとBさんは予測します。もちろん、個人的予測ですが。

 おそらく、それでも受注した場合でも、公的事業では当たり前ですが、下請け、孫請け、ひ孫受けと次々と丸投げするのでしょう。
 そうなると、従業員の労働環境や待遇はどうなるのか。
 たとえば、大きな建設現場では、孫請けが労災事故を起こしたら、それはその親会社の責任になるので、労災隠しも必死かつ必至になる。
 でも今の時代、どんな仕事でもほしいという下請けの建設業者はたくさんいるから、労災隠しにも甘んじる…。リニアではどうなるのだろう。心配はつきません。

ーーここまでーー

 JR東海の自己資金だけでやろうとしたら、難工事による工費オーバーが生じた場合、やはり、しわ寄せは孫請けやひ孫受けなど下請け企業の従業員にいくのではないかと、ちょっと心配になります。
 それでも、とにかく、来月の、いや明日の仕事が欲しいと思う中小事業者は傘下に入るんだろうなあ。

 ゼネコンとJR東海とが、受注額に関してどういう契約書を締結するのか、とても関心があります。
 いや、それ以前に、ゼネコンがこの南アルプスのトンネル工事にどれほど前向きなのか、そうでないのかが知りたいところですが、なかなか、その情報のとっかかりが見つかりません。











圧力で出版出来なかった。出版直前で圧力がかかったようです。

樫田 秀樹
東海教育研究所
2014-02-28

地球変動?

ネパール大地震、その余震
箱根の火山活動
桜島
蔵王

等々

そして今日 yahoo より

地震が発生しました
----------------------------------------------------------------------------
【発表時刻】
5月13日6時14分
気象庁発表
【地震発生時刻】
5月13日6時13分

各地の震度
【震度5強】
岩手県内陸南部

【震度5弱】
宮城県北部 宮城県中部

【震度4】
青森県三八上北
岩手県沿岸北部 岩手県沿岸南部 岩手県内陸北部
宮城県南部
山形県村山

【震度3】
秋田県沿岸南部 秋田県内陸南部
山形県庄内 山形県最上 山形県置賜
福島県中通り 福島県浜通り
※気象庁にて震度3以上の震度が観測された地域を掲載しています。
その他の震度は詳細情報をご確認ください。


堤未果さんという生き方

(逆風満帆)ジャーナリスト・堤未果:下 米国の光と影、粘り強く発信:朝日新聞デジタル


 9・11テロをきっかけに、あこがれた米国に失望し、自分も見失った堤未果(43)は、ジャーナリストの名刺を手に、再び米国に渡った。

 貧困層の高校生への米軍のリクルートの実態、補助金を受けるため学校に導入される軍事訓練、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみ、ホームレスに転落するイラク帰還兵。治安の悪い場所、銃を持っているかもしれない取材相手など緊張する場面もあった。「今起きていることでだれが犠牲になり、だれが得しているのか。自分の足で見つけようとするうちに、不思議と体調も回復しました」

 文章を書く作業でさらに「体から毒が出る気がした」と話す。堤の父・ジャーナリストのばばこういち(2010年死去)は政治・社会問題について多くの著書を残した。母・江実(75)も会社経営を引退した20年以上前から翻訳・エッセー・絵本などを著し、今は詩人として活躍する。堤もかつて「書く仕事」への夢は抱いていたが、ニューヨークで働く間に忘れかけていた。

 04年に出版された『グラウンド・ゼロがくれた希望』(ポプラ社)は、アメリカンドリームに破れ、苦しみ、また立ち上がった堤の個人史が主につづられる。偶然読み、「一人の人間として自立して生きる姿勢を感じた」と話すのは、弁護士の金住典子(かなずみふみこ)(72)だ。パートナーの原田奈翁雄(なおお)(87)とともに1999年から季刊誌「ひとりから」(現在は年2回刊)を発行する。「有名より無名、感性にぐっとくる人に書いてもらいたいの」と笑う金住と原田は、すぐに堤に執筆を頼んだ。半年後に始まった連載「世界中のグラウンド・ゼロ」は、米国取材を重ねながら書き続け、4年余りの長期になった。「米国のいい面も悪い面も取材し、追究していく力をご自分の中から発掘されていったのだと思います」

 とはいえ堤がすぐに文筆業で食べていけるようになったわけではない。派遣業者に登録し、会議や展示会の通訳、外国人マンションのコンシェルジュも引き受け、お金がたまると米国へ。原稿を書いては出版社に持ち込むが、多くの場合、突き返された。「『金にならない』とか『君は才能がない』とか言われました。でもニューヨーカーってあきらめが悪いんです」。2、3度会ううち、ともかく編集者を紹介してくれた出版社には1年近く通った。「企画会議を通らないと言われても、書き直したからもう一度見て下さい、と粘りました」

 ■「勇気や希望を伝えたい」

 06年、幸運が訪れた。「ひとりから」の連載の一部をまとめた『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』(海鳴社)が黒田清日本ジャーナリスト会議新人賞を受賞。追い風を受けて08年の『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)は40万部を超すベストセラーになり、新書大賞と日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。

 私生活でも大きな転機があった。薬害エイズ被害者の川田龍平参院議員(39)と08年に結婚。著書を読んだ川田が面識のあった双方の母を通じてアプローチ。川田のプロポーズ攻撃の末、堤が「よし、とひらめいて」OKした。決め手は何か尋ねると「何かな……。10代のころに死と向き合って、それを乗り越えた人なので本当に大事なこと以外こだわらない。執着とか欲とか打算とか、ぐちゃぐちゃしたものが抜け落ちているんですね」。

 互いに多忙ですれ違いが多いかと思うと、「なるべく予定を合わせるようにするので、一緒にいる時間は結構長い」という。カラオケで歌ったり、ネットカフェで同じマンガを読んだり。「仕事の話もそれ以外も2人でよくしゃべる。朝になってしまうこともあります。一緒にいるとよく笑います。それが夫の免疫力を上げているのかもしれません」

 昨年出版した『沈みゆく大国 アメリカ』(集英社新書)の前書きで、堤は初めて父について書いた。両親の離婚後も誕生日や正月には顔を合わせたが、米国留学後は米国嫌いの父とは疎遠だった。ジャーナリストの道を歩き始めた娘と父は空白を埋めるように毎週会い、政治、経済、医療、教育、メディアなど幅広く何時間も話した。晩年人工透析を受けた父は、保険証1枚で全国どこの医療機関でも一定の水準の診療が受けられる日本の国民皆保険制度の意義を語った。その言葉もあって、『沈みゆく大国』やその姉妹編は医療費や医療保険がテーマだ。

 この先何を書きたいのか。意外にもノンフィクションにこだわらないという。「どんな国にも、どんな人にも光と影があると学ばされた10年でした。少しでも光の面を伝え、勇気や希望を文章を通じて発信したい。その手法はたとえば小説でもアニメでもいいと思っています」

 =敬称略(大庭牧子)







二風谷ダム堆砂疑惑

(2) 佐々木 あきら - 二風谷ダム堆砂のミステリー!?...


アイヌ民族の聖地といわれた地域に無理やり作ったダム。
誰のためのダムなのか?

FBより転載

二風谷ダム堆砂のミステリー!?  (wikiは私がリンク)

沙流川に建設された二風谷ダム(1998完成)では、膨大な堆砂が進行しており、すでに貯水池の大部分が埋まっている状態です。今本博健・京都大学名誉教授(水工技術研究所 代表)は、このダムを「日本で一番危険なダム」と評しています。

【グーグル・マップ 二風谷ダム付近】 https://goo.gl/maps/5pjAO
 2013年は約12,000千m3」という説明  二風谷ダムの堆砂について、国土交通省北海道開発局がWEBに掲載している最新資料(2015.1)では、「現在の計画堆砂容量14,300千m3に対し、平成25年度(2013年)末時点で約12,000千m3となっており、約2,300千m3の余裕がある状況」としています。
http://www.mr.hkd.mlit.go.jp/mrken_works/chisui/sarugawa_sougoukaihatsu/qanda/index2.html
http://www.mr.hkd.mlit.go.jp/mrken_works/chisui/sarugawa_sougoukaihatsu/qanda/pdf/answer6.pdf

△箸海蹐2010年は約14,000m3だった!  一方、2011年6月に「平取ダム検討の場」で提示された資料では、「平成22年度(2010年)時点での貯砂ダム下流の貯水池内の堆砂量は、13,921(千)m3となっている」とされ、堆砂容量が逼迫していることが記されていました。
http://www.mr.hkd.mlit.go.jp/mrken_works/chisui/biratoridam_kentou/03/pdf/sankou01.pdf

真相はどこに?  二風谷ダムの堆砂量は、2010年から2013年までの3年間で、約200万m3も減少したのでしょうか? そんなことありえますかネ?(あるワケない)  今までも、ダム貯水池の底に計画外の窪地(何と480万m3)が見つかったとか、わけのわからない「正当化」(=ごまかし)を続けてきましたが、それさえも放り投げた今年の発表。これまでのごまかしでは、内部的にもごまかしきれない事態になっているのではないでしょうか。


他人を攻撃せずにはいられない人 片田珠美 PHP新書 2013

図書館本 読んだのは15刷 かなり売れているんですね

いわゆるハラスメント(肉体的、精神的)を行う連中の行動原理とその対策。
いかにそんな連中から攻撃を受けないようにするのか。
また反撃は可能なのか。

多くの場合、攻撃者より社会的立場や会社内での上下関係で下位に属する方が対象になる。
また家庭内での妻(時にその反対もあるらしい)が対象になる。
筆者は精神科医

備忘録的メモ
攻撃側が無自覚の場合がある。「あなたのためを思って」
羨望とは他人の幸福が我慢できない怒りby ラ・ロシュフコー
組織上部に攻撃性の人材がいる場合、組織はつぶれる方向に
嫉妬の中には愛より自己愛の方が多い。愛が終わっても嫉妬だけは生き残る by ラ・ロシュフコー
罪悪感を持たせる達人、相手の不注意や無知のせいにする
自分の悪を責任転嫁する
被害者顔が得意
協力者や理解者を装う
自分の攻撃性を正当化する
ターゲットは弱くておとなしい人
抵抗できない側=権威への恐怖、罪悪感、愛情欲求
無価値化:善=価値ある存在、悪=価値のない存在
精神の狭量が頑固を生む by ラ・ロシュフコー
ストレス耐性が低い=攻撃性 自己愛の傷つきやすさ
話し合いを拒否して諦めさせる
離婚の責任をすべて相手に押し付ける(多くは夫側) 悪を外部に。
支配こそが最終目標
正義をふりかざす(インターネット社会での新たな現象、匿名での誹謗中傷)
他責(モンスターペアレント、モンスター患者(ペーシェント))で万能性を維持
フレネミー: friend, Enemy,
攻撃性の強い人間も変わっていくという淡い期待で献身的に尽くしたり、働いたり=報われない場合が多い
対処法
まずは逃げることを考える
攻撃する人の攻撃理由(劣等感、恐怖心等)を考えてみる
観察してみる(矛盾や欺瞞に満ちた言動、威嚇や虚勢)
出来るだけ避ける、話さない
問題を明確にする(説明を論理的にもとめる)
攻撃性の強い人を哀れみの目で眺めながら、「自分はあんなふうになりたくない。あんなふうにならないように気をつけよう」という気持ちで、日々生きる。




「ダムに頼らない町づくりシンポ」 嘉田 由紀子元知事

嘉田 由紀子 - 「どっこい!生きてく設楽町」、愛知県豊川最上流部の設楽町での、「ダムに頼らない町づくりシンポ」に参加。講演とディスカ...


素晴らしいので、全文を保存。

「どっこい!生きてく設楽町」、愛知県豊川最上流部の設楽町での、「ダムに頼らない町づくりシンポ」に参加。講演とディスカッションに参加。( 長いです)。

滋賀県知事時代、2006年の「もったいないマニフェスト」に従い、6つのダム建設の凍結・中止を行い、ダムだけに頼らない流域治水政策や環境再生、子育て政策などに力をいれてきた経験を語らせていただく。そして森の資源が豊かな設楽町での自然エネルギー活用など、若い人が住みたい町づくりへのヒントものべさせてもらう。

5月9日、豊橋駅前から、市野和夫さんのご案内で、豊川堤防ぞいを上流にあがり、設楽町へ。70キロあまりを2時間かける。豊川の下流部は、越流堤あり霞堤あり遊水池ありで江戸時代以来の治水技術が今もここかしこに活かされているあり様をみせていただく。

中流部からは掘り込み河川となり、河川氾濫による水害の心配はない地域がひろがり、美しい新緑の渓谷を経て、設楽町へ。

設楽ダム計画は昭和48年に利水、治水を目的に計画され、その後、他の用水事業が完成したり水需要の減少から利水の必要性が減少。治水も堤防強化などによりダムの必要性がほとんどなくなり、今は「流水の正常な機能の維持」という、いわば河川の流量を確保することを主目的とするダムにかわりました。(この機能は利水や治水機能が弱まったダム計画で、事業を続けるための苦肉の策として国土交通省が強調してきました)。

そのような中で、今回のシンポは、約120戸のダム湖に沈む予定の人たちの移転がほぼ決まり、いよいよ次は本体工事か、という段階で地元の有志がひらいたものです。つまり、何十年間も、強制的に故郷から引きはがされ移転を迫られてきたダム建設の最大の被害当事者である地元住民の方たちの移転がほぼ見通しがついたところが、次の段階となります。

滋賀県内の大戸川ダムや丹生ダム、また北川ダムでも、私が知事に就任をして、移転予定者の移住がほぼ終った段階で、ダムの必要性は、ダム計画が始まった40−50年前と変わらないのか、いわば「時のアセス」をして、税金を投入する意味があるのかを徹底検証し、凍結・中止を決めてきました。

設楽ダムもまさに今、その段階です。ダム建設の是非を判断する知事(首長)として、地方自治法でいう「最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない」という規定に則り、その原則をかつようして、滋賀県ではダムの費用負担で、知事の予算編成権を活用して、経費をつけないことで、事業の凍結・中止を実現しました。知事や市町村長の予算編成権の活用が事業判断のひとつの目安となります。

設楽ダムでは、愛知県の大村知事や設楽町長、負担金を支払う下流市町長の判断も、それぞれの住民意見を反映していただき、判断することが重要と伝えました。もちろんそこで議会の判断も重要です。ただ知事や首長が予算をつけなければ、議会が「増額要求」することはほとんど不可能です。

また国土交通省の役人の皆さんの中にも今のダムに頼る治水からぬけでたい、滋賀県の流域治水がモデルと思う方たちもたくさんおられ、その方たちとの連携も重要とお伝えしました。

このシンポでは、京大名誉教授で『ダムが国を滅ぼす』の著者で、私自身、淀川水系流域委員会時代から15年近くのおつきあいがある今本博健さんが、設楽ダムの今後の計画については賛否両論の対話の場が必要であることを強調なさいました。

名城大学特任教授の鈴木輝明さんからは、アサリの漁獲高が日本国内で最も多い三河湾のアサリ漁場は豊川からの砂供給によって担われている可能性が高いことが生態データなどにより、問題提起されました。

元愛知大学教授の市野和夫さんからは、設楽ダム建設予定地周辺には活断層を含む地形・地層の不安定地帯がひろがり、ダム建設で水がたまると設楽町の中心部事態がダム湖水による液状化などにより破壊されるリスクが高くなると警鐘をならしました。

このようなある意味、地味なテーマに会場いっぱい200名をこえる参加者がありました。地元設楽町5割、設楽町以外の愛知県内4割、愛知県外1割という感じの参加者でした。県外からも関心の高いテーマであること、改めて感じたシンポでした。

私自身、知事時代から気になり、多くの方からお誘いをうけていた設楽ダム地域を訪問させていただくことができたのも知事を引退して自由度がましたからです。

滋賀県での6つのダムの凍結・中止の経験は今、全国にお伝えする必要があるということ改めて感じたシンポでした。主催した皆さまに感謝申し上げます。今後とも連携していきましょう。





ダムが国を滅ぼす
今本 博健
扶桑社
2010-08-18

芸が世界を救う! 

戦争なんてする必要ないよね!

言葉も鉄砲も要らない世界!


山賊ダイアリー 岡本健太郎 講談社 2011

長男より借りました

はやりの「狩り」もの。
以前より出版されているようですね、
現在Vol.5?

けっこう面白いので、Vol.2以降も読みます。(笑)


Profile
鎌倉おやじ
趣味:イワナに遊んでもらう、菜園、読書、焚き火、ランタン

愛読人:内山節、池田晶子、養老孟司、山本素石、高桑信一、相田みつを、宮本常一、網野善彦、野田知佑、南木佳士、川上健一 佐藤優 内田樹(順不同)

夢:晴釣雨読で自給自足、在来魚保護 (最近釣りにはそれほど熱中してません、年のせいでしょうか)
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