おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

2012年01月

変なの!

asahi.com:エコな発電 甲斐市の謎-マイタウン山梨



売れない土地を無償で東電に貸してメガソーラーは目をつむるとしても、これは変ですよね。

お役所仕事だからでしょうか?

一部引用
◇動かぬまま放置の施設

 甲斐市中心部から北約4キロにある矢木羽湖(や・ぎ・は・こ)農村公園の太陽光・風力発電設備は点検・補修に多額の費用がかかるため、動かないまま放置されている。かつて後沢(うしろ・ざわ)ため池と呼ばれた貯水池周辺を県が1994年から98年にかけて整備し、完成後に旧敷島町に移管した。公園は現在、市の所有だ。

 一面が太陽光パネルでできている雨よけの屋根と、その脇には白い小型プロペラがついた2本の風力発電装置が立つ。市などによると発電システムでつくった電気で、ため池の水をくみ上げて公園内の「せせらぎ水路」に流し、循環させることによってため池の水質悪化を防止する仕組みだ。余った電気は蓄電池に蓄え、夜間は公園内の街灯に使ったという。

 ところが蓄電を繰り返してわずか2、3年で蓄電池が使えなくなった。風力発電装置への風の通りも十分ではないという。出力の表示は板で覆い、街灯だけは防犯上必要なため、外部電源で点灯しているが、発電システムは「故障しているのと同じ状態」という。


こんなのも有った。NHK甲府より

高度化資金 県の責任を指摘

中小企業の団体向けの県の貸し付け制度で100億円余りが、回収できなくなった問題で、県の融資などのあり方を検証してきた第三者委員会は、30日、「県民の税金を使う、組織としての責任意識が、県に欠落していた」とする一方、「法的責任までは問えない」とする結果をまとめ、横内知事に報告しました。
新たな事業展開を目指す中小企業の団体向けに資金を貸し付ける中小企業高度化資金について県は不良債権化した108億円のうち105億円余りの債権を買い取り先を求めて先週2度目の入札を行いました。
その結果、落札額は4億6千万円余りで、100億円以上が回収できなくなったことになります。
一方、県は去年秋に弁護士や公認会計士による、第三者委員会を設けて融資のあり方を検証し、その結果が30日、横内知事に報告されました。
それによりますと県の責任について、「経済動向の分析や債権回収などの体制や能力が十分だったとはいえず、県民の税金などを使う組織としての責任意識が欠落していた」と厳しく指摘しています。ただ、法的責任については、「バブル経済崩壊後、これほど長く景気が後退するとは、誰にも予想できず、問うことはできない」としています。
報告を受け取った横内知事は、夕方、記者団の質問に対し、「報告を真摯に重く受け止め、県民に深く反省の意を伝えたい」と述べたうえで、制度の見直しを行う考えを明らかにしました。

01月31日 09時16分

誰も責任とらないシステムが素敵です。
反省してますと言えば終わるんだから。
民間だったら?
国も地方も、維新の会にならんとダメですね。
朝日は真剣に報じてますね。

こちら毎日

プレスによっ責任の所在の重みづけが違うように思う。

確か議員さんの働きかけなんかもあったと噂を聞きますがね。
どうなんでしょうか?

2008年の時点で問題を指摘されている方のブログ。

平成21年度決算議事録 誰も責任を取らない構図pdf
債権回収の為にさらに税金を注ぎ込むわけです。1億払って400万回収? 呆れるばかり。

御用芸能人? リニア

山梨県/リニアファンクラブによせて(柳生博・柳生真吾)



山梨のために観光大使のような方だと思っていたのですが、残念です。
南アルプスに穴を開けても良いようです。八ヶ岳にも高速道路が出来ようとしてますが。。。


〈柳生博さん〉
子供のころ、一人旅で山梨に来たことがあるんですよ。
 そのときにカブトムシやらセミなんかで遊んだんだけど、これが記憶に残ってましてね。

 大人になっても、その八ヶ岳の魅力に惹かれ、中央道が開通しない前から週2回は、国道を利用して現地を訪れていました。その苦労があるから中央道が開通したときの感激は忘れません。

 リニア試乗で真っ先に思ったのは、リニアが営業線になったときには、中央道開通時の何百倍もの感動があるのだろうと実にわくわくした気分でしたね。

 試乗する前夜、クラブの若者とリニアの話をしたところ、夜更けまで目を輝かしてリニアの議論が続きました。今の若もののすばらしい一面を見た思いです。

 さて試乗当日、
 本体は流線型で、薄い青色と白、まるで川の中を泳ぐ魚のようです。
 以前から速い、速い、と聞いていましたが、想像以上のものでしたね。
 こんな速さで走って大丈夫なの?というぐらいでしたが、中に乗っていても静かでした。
 これが実現されれば東京―大阪が1時間で行けるっていうのもうなずけます。

いま僕は仕事で東京に行くときは車を使っているんだけど、そのときはリニアに乗ることになるんじゃないかな。
 
 地球上の貴重な自然を訪ねて世界中を旅行していますが、環境問題がじつに切実なものになっているということです。そして海外でよく日本の自然がすばらしく守られているのはなぜかと聞かれます。そのときには、日本の里山のすばらしさを紹介しています。

 リニアは里山の景観を壊さず、これらの問題を一挙に解決する交通手段だと試乗して確信しました。

 また、世界を旅しますと国の発展には人、物の移動がいかに大事か身にしみて感じています。
ですからリニアがさらにシベリヤ、シルクロードを走れたらなんとすばらしいことかとわくわくしてしまいます。
 しかも、コストの問題さえ解決すればすぐにでも実用化できるという話でした。

 日本の若者がこのリニアを世界各地で敷設していくことができれば、なんと日本の未来にまた若者の将来に希望がわいてくることでしょう。

 一緒になって、リニア早期実現の世論喚起に取り組みましょう。

〈柳生真吾さん〉

柳生真吾さんコラム

リニアの試乗ではトンネルが多く、窓から見える風景が短時間だったのですが、どの風景も自然がいっぱいです。
 この自然と向き合う小さな窓を透して、自分の楽しみをみつけられるきっかけとなります。

 リニアの旅は早さの中の自然です。
 それは美しい日本の里山の発見でもあるのです。

 東海道新幹線よりも大自然を満喫できるかもしれません。

 八ヶ岳にリニアの駅ができたら真っ先に、八ヶ岳倶楽部を訪れてください。
 自信を持って八ヶ岳での生活を通して発見したことやすてきな里山暮らしをお話しできますよ。

 一番大事なこと! それはリニアには森の精霊が応援していること!!

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頑張ろう東京都民の皆さん

【東京】ここで署名できます! 受任者説明会の情報も


大阪はやったんです!

東京がやらなくて誰がやる?

政治家や電力会社、そして既得権益者だけに決定権を持たせてきた仕組みを、当たり前の民主主義で決めることが大切だと思いませんか?


低位推計では、総人口が7997万人 リニア

将来推計人口:2048年に1億人割る 超高齢化が進行 - 毎日jp(毎日新聞)


こういう将来が来るんですよ、それでも大型公共事業だのリニア新幹線が必要だと考えるのかな?

総人口が減っても、生産年齢人口が減らなければ良いのですが、その逆で超高齢者ばかり増える社会。
これは日本も世界もこれまで経験したことがないはずです(戦争等の短期間を除いて)。

若い日本人が働きたいと思う?
税金だけ取られて、一部の金持ちが優雅に暮らし、結婚は出来ない、子供なんかトンデモないという世界。

朝まで生テレビのバカな学者どもより、橋下市長の方がよほど勉強していて説得力があった事を多くの若者は認識したはずです。はっきりとリセットと言えるリーダーを求めているのです。
けっしてそれはポピュリズムではなく、人間としての当たり前の要求なんだと思います。


将来推計人口:2048年に1億人割る 超高齢化が進行

2012年1月30日 11時13分 更新:1月30日 11時54分

 厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所は30日、2011〜60年の将来推計人口を公表した。10年に1億2806万人だった日本の総人口は、48年に1億人を割り、60年には今より3割減の8674万人になると予測している。推計の前提となる合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子どもの数に相当)は、60年に1.35になるとみて前回06年推計の1.26から上方修正したものの、60年には総人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)が4割に達し、超高齢化の進行に歯止めは掛かりそうにない。【山崎友記子】

 推計人口は10年の国勢調査に基づき算出した。最も可能性が高いとみる「中位」のほか、厳しく見積もった「低位」、その逆の「高位」の3推計を示した。60年の総人口8674万人は中位の数値。

 推計は昨年3月の東日本大震災の影響による「産み控え」などを考慮、11年末〜12年にかけて出生数が減り、12年には合計特殊出生率がごくわずか低下するとみているものの、13年以降への影響は小さいと判断している。

 今回、将来の同出生率を上方修正したのは06年以降実績が上昇基調に転じ、10年には1.39に回復したため。前回の06年推計は、基準の05年に過去最低の1.26に落ち込んだことを織り込み、前々回の02年推計を大幅に下方修正していた。ただ、長期的には若い世代の出生率が緩やかに低下する傾向は変わらないとみている。

 中位推計によると、40年代には総人口が毎年100万人単位で減っていく。1年間で和歌山県クラスの全人口が消失する計算だ。

 10年の実績と60年の推計値を年齢層別に比べると、0〜14歳は1684万人(総人口の13.1%)から791万人(同9.1%)、15〜64歳も8173万人(63.8%)から4418万人(50.9%)へほぼ半減。一方、65歳以上は2948万人(23.0%)から3464万人(39.9%)に増える。1人の高齢者を支える働き手の数は、10年の2.8人から1.3人に減る。

 平均寿命は、10年は男性79.64歳、女性86.39歳だったのが、60年には男性は84.19歳、女性は90.93歳に伸びる。

 このほか、高位推計は60年に出生率が1.60まで回復するとし、総人口を9460万人と予測する。逆に出生率が1.12まで下がるとみる低位推計では、総人口が7997万人となり8000万人を割り込むとしている。

 人口推計は国勢調査に合わせ、同研究所がおおむね5年に1度、公表している。

長野県 脱原発 リニア

asahi.com:脱原発へ県民集会 「生活変えよう」宣言-マイタウン長野


中馬清福・信濃毎日新聞社主筆がリニア新幹線に言及しています。

以下記事


福島第一原発の事故を受け、脱原発を訴える「サラバ原発・変えよう暮らし方」県民集会が28日、松本市の県松本文化会館であった。約700人が参加し、「誰かを必ず犠牲にしなくては生み出し得ない原発の電力に頼る生活は、もうやめよう」と宣言した。

 県民有志の呼びかけで発足した「サラバ原発・変えよう暮らし方」の会が主催。代表を務める民俗・日本思想史家の田中欣一氏は「地震と津波は自然災害だが、原発事故は人災であり、進歩を良しとしてきた文明災だ」と指摘。「日本人は今、精神の弛(たる)みから足を洗う時であり、それぞれの立場で生き方の哲学を問われている」と語った。
 続いて宮地良彦・元信州大学長と中馬清福・信濃毎日新聞社主筆が基調提言。宮地氏は「私たちの生活に本当に必要な物は何なのかを振り返ってみる必要がある。少し不便でもいいから安心で安全な生活を送ろう」、中馬氏は「リニア中央新幹線をつくって、どんどん電気を使うことが本当に文明なのか、豊かで幸せなことなのか」「文明を考える機会を得たと思って前進していこう」と訴えた。
 福島県から県内に避難している人も登壇した。沢村健一、こづ恵夫妻は「今は電気もガソリンも食べ物もあるが、(震災当時のような)何もない時ほど人の心が温かく感じるものです。本当の豊かさとは何だろう」などと語った。(深津弘)

きみに読む物語 DVD 2005年作品

レンタル作品 事前情報無しでみました。

アメリカでこんな素晴らしい映画が出来るのになぜ戦争などという愚かな行為を国外で続けるのだろうか。

純愛物語が風景の美しさと共に紡がれていきます。
夕日にうつしだされる湖面(川?)を滑るボート。
渡り鳥で溢れかえる湖面の中を二人を乗せてゆっくりと進むボート。

貧富の差があっても、それが埋められる時代のアメリカ。
男女が自由に主張し合う社会。

自由を謳歌しているアメリカ。

生老病死の普遍の中で人生という旅をこんな風に終えていきたいと思う人が多いのだろう。

良い映画でした。
ニューシネマパラダイスを想い出しました。

おやじを泣かせます。

きみに読む物語 スタンダード・エディション [DVD]
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きみにしか聞こえない DVD 2007

事前情報無しでレンタル

長野県海ノ口 丘から見渡す広大な平野、そこを流れる川
鎌倉 人の居ない海岸線、江ノ電、お寺の石段、商店街

1時間のタイムスリップとタイムとラベル

若い人たちのための物語かもしれませんが、中年のオジサンが見ても良いでしょう。
ラジカセなんて今の学生さんには分からないでしょうね。
携帯電話をある意味逆説的に捉えた物語です。

真っ赤なソニーのラジカセ、鎌倉の海岸でカセットテープに声を録音するシーン。

他者との関係性の中で生かされる人間、そして循環する時間の中でのめぐり逢い。

単なるラブストーリーではない素晴らしい映画でした。


きみにしか聞こえない [DVD]
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カラオケ


白金台で過ごした青春の仲間と!

日本の田舎は宝の山 曽根原久司 日本経済新聞出版社 2011年

日本の田舎は宝の山 曽根原久司 日本経済新聞出版社 2011年
図書館本


曽根原さん(1961−)は都会での幾つかの職種を経験した後に山梨県の白州に移住され、農村起業として薪の販売をされていたそうです。その後、地域の活性化といわれる町興し的な活動で有名になります。本書はほとんど成功体験をもとにされているので、へそ曲がり読者としては若干面白みが減るように思います。おそらく曽根原さんはご自身の失敗も楽しんでいるのかもしれませんが。

高度成長時代は農村からの働き手としての若者の都市集中が起こり、その結果として農村部の人口減少と過疎化が進みみました、そして定まらない政府の農業政策等もあり限界集落などという言葉が生まれ、不耕作農地が増えることになりました。

曽根原さんは、そんな現状こそ逆にビジネスチャンスだと指摘しています。
そして全国で展開される種々な取り組みを紹介して、農村起業の楽しさや人生の充実感を示しています。また当然、起業により収入も得ることを前提にしているので、ビジネスとしてのアプローチも書かれています。

ただ、個人的に知っているプロジェクトで期待通りには進んでいないものもあります、現状ではまだ補助金や助成金といった公金が呼び水になっていて、詳細を詰めていない感はあります。

これから確実に日本がむかえる超高齢化社会と人口激減社会の中で、行政に依存しない農村起業が大きく日本を変えていくことを願うばかりです。

日本の田舎は宝の山―農村起業のすすめ
日本の田舎は宝の山―農村起業のすすめ
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1957年 世界は恐怖する 死の灰の正体 亀井文夫作品

世界は恐怖する 死の灰の正体



世界は恐怖する 死の灰の正体

亀井文夫作品集 1957年制作原水爆実験後の日本の実態


福島県原町(現・南相馬市)生まれだそうです。因縁を感じざるを得ません。


僕が生まれる前に出来た映画。
放射能に対する危機を持って映像に残されている事に感動します。

後半部分に刺激的映像がありますので心臓の弱い方は見ない方がよいかも。

また映像の中で出てくるマイクロマイクロキューリーという単位はピコキューリー(10のマイナス12乗)です。
1Ci=3.7x10の10乗ベクレルです。



湯豆腐とネコ

渡辺謙さん、ダボス会議スピーチ

東京新聞:渡辺謙さん、ダボス会議スピーチ全文(TOKYO Web)


他のメディア(TVも含めて)は渡辺さんが脱原発を訴えた事を報道してませんね。

東京新聞をとられていない方のために。

スイスで25日に開会した世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」で、俳優の渡辺謙さんがスピーチに立ち、各国から寄せられた東日本大震災の被災地支援への深い感謝と立ち上がる決意を語るとともに、原子力から再生エネルギーへの転換を訴えた。

 渡辺さんは、震災発生直後から、インターネットにメッセージなどで被災者を応援するサイト「kizuna311」を立ち上げ、現地を幾度も訪れるなど、支援活動を積極的に続けている。

 スピーチは現地時間25日午前(日本時間同日午後)に行われた。渡辺さんは「私たちの決意として、世界に届いてほしいと思います」と話している。

 スピーチ全文は次の通り。

 初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

 まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

 私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

 その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

 しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

 それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

 私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

 そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

 「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

 いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

 国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。

これからの日本のために「シェア」の話をしよう 三浦展 NHK出版 2011年2月

これからの日本のために「シェア」の話をしよう 三浦展 NHK出版 2011年2月
図書館本

非常に面白い、示唆に富んでいると思う。
まだ僕自身の理解不足かもしれないが「シェア」は共有とは訳さないほうが良いのだと思う。私有に対する共有とは違う文脈の中に存在する「シェア」というイメージであり、価値観なんじゃないかな。

団塊世代とそれを引き継ぐ高度成長期(バブル)経験世代の価値観は郊外の一軒屋であったり高層マンション所有であったり、自家用車の所有であったりする(特に都市居住者)。しかし、借金してまで家を所有したり車を持つことに価値を見出さない若者が増え(決して貧困層でないにもかかわらず)ている現状。
三浦さんが指摘するように日本全国には空き家空き部屋が800万(首都圏200万戸)あるという現状でシェアハウスが流行している。またレンタル出来るならレンタルで身の回りも用意してしまう。
あるいは時間貯蓄(日本的には地域通貨的)という価値観なども今後の流れのひとつになりそうです。

シェアハウスは共同体ではない。共同体からイメージされることは、成員の固定、束縛、空間的限定、時間的永続性、共同体同士の排除、競争、だと三浦さんは考える。
だから共同体から共異体(先の共同体イメージの対極)へのシフトを考える。
また大家さん側としても個別に部屋を貸すよりシャアハウスの方が儲かる例がかなりある。
シャアハウスの背景には団塊の世代等が購入した住宅やマンションに次世代の人が戻らないこともあるようだ。住宅地や団地から子供の声が聞こえなくなり老人だけの地域になる現状。逆に今後はそんな地域に若者が部屋を無料で借りて爺ちゃん婆ちゃんと共同生活なんていうシーンも考えられる。

またシェアはモノだけではなく、喜びといった感情のシェアもある。
ポスト資本主義的な流れがきているのでは対談の中で締めくくっていることに納得。

ただ、あえて触れていないのかもしれませんが、貧困におけるシェアに関しては書かれていない。「下流シェア」と「中上流シェア」では文脈が異なってくるだろうから。

そして先日大久保であったアパート火災、生活保護の方の53700円が住居費に支給され、それが大家さんに直接振り込まれるシステム。隣の部屋の人の顔も名前も知らない生活。
何か上手いシェアの方法で楽しく安く人生を過ごす手立てはないのかと思ってしまったのである。

これからの日本のために 「シェア」の話をしよう
これからの日本のために 「シェア」の話をしよう
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熊避け鈴


イニシヤル入り(笑)
こちらで購入。 私、会員です。リニア新幹線の環境アセスにも積極的に発言していて、自然エネルギーにも積極的です。

羆撃ち 久保俊治 小学館 2009年

羆撃ち 久保俊治 小学館 2009年
図書館本

久保氏(1947−)のハンターとしての人生。
趣味でなく猟を生業としたいと子供の頃から考え山で生きる決意をする。さらに75年にはアメリカのハンターガイド養成学校にも入学してアメリカでの狩猟やガイド経験を持つ。
読んでいて思うのは、自然や動物に対する愛情の深さである。また猟犬として育てたフチとの生活の記述などは犬と心の会話が出来る魂の純真さをあらわしている。
生あるもの斃し、肉や毛皮を生きる糧にする猟師、森に生かされる人間が自然の中で限りなく動物と対等な立場で対峙する。
狩猟サバイバルなどと言って遊びで鉄砲を使うもの書きとは根本的に異なるノンフィクションである。

同じく北海道で久保氏より前に生きた今野保氏のいくつかの著作と同じ匂いがする作品である。

こんな文章を読むと、街で暮らす人間の生に対する脆弱さを感じざるを得ない。
鹿を撃った後
恐らく痛みも感じる間もなく倒れ、命が消えようとしている。もし魂があるならば、その魂が野生に帰っていく最後の動作のようにさえ思えてくる。致命傷を負いながら必死で生きようとする野性の生命力にも驚かされるが、意識と敵意のまったくない静けさの中で繰り返されるこの動作に、私は野生の持つ神々しさ、崇高さを強く感じた。
命への責任
自然の中で生きるものの価値とは何だろう。生命とは死とは何なんだろう。そうか死だ。自然の中で生きてきた者は、すべて死をもって、生きていたときの価値と意味を発揮できるのではないだろうか。キツネ、テン、ネズミに食われ、鳥についばまれ、毛までも寝穴や巣の材料にされる。ハエがたかり、ウジが湧き、他の虫にも食われ尽し腐って解けて土に返る。木に養分として吸われ、林となり森となる。森はまた、他の生き物を育てていく。誰も見ていないところで死ぬことで、生きていた価値と意味を発揮していく。

二人のお嬢さんが小さい頃の記録テレビ番組が大草原の少女みゆきちゃん [DVD] としてあるようだ。ぜひとも見せていただきたいと思う。

羆撃ち
羆撃ち
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蝉しぐれ   2005

藤沢周平原作

人生は思い通りにはならないという普遍。
しかし季節は時間の流れの中で今を過去にして進んでいく。

清流、森、海、里。

ラストシーンの言葉の美しさとせつなさ。

川船の中で背を船に委ねる。
そのとき、彼の人生は自然の中に溶け込んだのだろう。

そして循環する時間の中で、また彼女と出会う日を想って。

蝉しぐれ プレミアム・エディション [DVD]
蝉しぐれ プレミアム・エディション [DVD]
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世界平和のために生涯を捧げた中村克郎先生

asahi.com:「きけわだつみのこえ」中村克郎さん死去-マイタウン山梨



「きけわだつみのこえ」中村克郎さん死去


   ■「功績はかりしれぬ」わだつみ会現理事長

 戦後日本を代表するロングセラー作品となった遺稿集「きけわだつみのこえ」を編んだ甲州市の産婦人科医、中村克郎さんが22日、亡くなった。86歳だった。戦争の悲惨さや平和の尊さを訴える反戦活動に心血を注ぎ、国内に大きな足跡を残した。関係者からは死を惜しむ声が絶えない。

   ◇「使命感に燃えていた」妻

 克郎さんは1925年、医師家庭の三男に生まれた。東大医専部卒業後、塩山で中村医院を引き継ぐ一方、「わだつみのこえ」を編集する日本戦没学生記念会(わだつみ会)の理事長を70〜93年に務めるなど、平和運動に身を捧げた。

 学徒出陣で戦地に赴く東大理学部の兄徳郎さんから、のちの「はるかなる山河に」や「わだつみのこえ」につながる「日本戦没学生の手記」を受け取ったことが克郎さんの活動の原点。最盛期で約500人を数えた学生団体、平和団体の代表として「わだつみのこえ」の編集、出版にとどまらず、言論活動の先頭に立った。

 現理事長の石井力さん(72)は「中村さんが会に果たした功績ははかりしれない」と話す。

 戦火に散った徳郎さんの無念を思い、「戦争の否定と軍備の廃絶のために戦う」と言い聞かせていた克郎さん。そんな克郎さんの意をくんで、東京都内で産婦人科医院を営む長女はるねさん(57)が中心となって取り組んだのが、克郎さんが集めた書籍や文書などの資料を一堂に会した「わだつみ平和文庫」の開設だった。

 克郎さんは12年ほど前に交通事故に遭い、脳梗塞(・こう・そく)で倒れてから亡くなるまで10年近く塩山市民病院で闘病を続けた。親族やボランティアら約3万点の資料を整理し、2008年10月に開館にこぎ着けた。はるねさんが寝たきりでほとんど口を開くこともなかった克郎さんに伝えると、「ありがとう」と答えたという。

 昨年11月には、立命館大国際平和ミュージアムに、平和文庫から徳郎さんの手記など約49点を寄託した。

 遺族によると、最期の克郎さんは病院で家族が見守るなか、眠るように息を引き取った。死因は肺炎からくる急性呼吸不全だった。

 地域で数少ない産婦人科の町医者として、地域医療も支えた。

 孫の多謝さん(28)は今年、米国の医学系の大学院へ進学することが決まった。「おじいちゃんみたいな、心が豊かで広い医者になりたい」と話す。

 一番の理解者として支えた妻照子さん(85)は、「どちらが本業かわからないくらい熱心でした。使命感に燃えていたのかもしれません」とほほ笑んだ。

   ◇

 克郎さんの葬儀は24日午後0時30分から山梨市上石森155の1のアピオセレモニーホール山梨で。喪主は妻照子さん。自宅は甲州市塩山上於曽1092。
(床並浩一、佐藤美鈴)

《キーワード》 きけわだつみのこえ 太平洋戦争の戦没学生の手記をまとめた遺稿集で、初版は1949年。推定販売部数は200万部を超える。47年に刊行された東大戦没学生の手記集「はるかなる山河に」をもとに中村さんら編集メンバーが全国の学生の手記を加えた。版を重ねるごとに国民各層に共感の輪を広げた。

生きざま 中村克郎先生

反戦、医療ささげた生涯 : 山梨 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)


戦没学徒の遺稿集「きけ わだつみのこえ」を編集した甲州市塩山上於曽の中村克郎さん(86)が亡くなった。訃報から一夜明けた23日、地域医療にも貢献した中村さんをしのび、親戚らが弔問のため自宅を訪れていた。

 中村さんの兄、徳郎さんは1944年にフィリピン付近で戦死した。東大に入学したばかりの42年、学徒出陣に駆り出された末のことだった。

 徳郎さんは出征前、最後の面会で中村さんに対し、悲痛な思いをつづった手記を手渡していた。この手記が「きけ わだつみのこえ」の原点。中村さんは、兄と同じように戦場で命を落とした若者たちを思って編集に取り組み、49年の出版にこぎ着けた。

 中村医院を開いた中村さんは、産婦人科と肛門科の専門医として地域に親しまれていたが、同医院は03年に閉院。交通事故で右足を骨折したことが原因で、2000年頃から寝たきり生活を送り、08年頃からは脳血栓を患っていた。

 長女はるねさん(57)は08年、自宅近くにあった元中村医院の建物を利用し、私設文庫「わだつみ平和文庫」を開設。中村さんが集めた戦争などに関する資料や書籍など約3万3000点を公開した。はるねさんによると、わだつみ平和文庫の内部を撮影した映像を見せたところ、中村さんは「ありがとう」とつぶやいたという。「それが父の最後の言葉でした」とはるねさん。

 はるねさんは中村さんの死に顔を見て「反戦運動と地域医療に一生をささげ、全てをやりきった美しい顔をしている。父の思いを受け継いで世界平和を訴えたい」と話した。
(2012年1月24日 読売新聞)

ルポ 下北核半島 鎌田慧 斉藤光政 岩波書店 2011年8月

ルポ 下北核半島 鎌田慧 斉藤光政 岩波書店 2011年8月
図書館本

読んで思った事。
自分の無知と無教養、そして無関心がとんでもない負担を地方に押し付けていたことを。
東京電力がなぜ青森に必要なのか?
むつ市、六ヶ所村、大間、東通、むつ小川原開発。

青森県が核の捨て場にされ、原発が誘致され、さらには戦争の前線基地として日米が最新鋭兵器を配備しアジアを越えてアフガン、イラク戦争に係わっている。軍用基地やレーダーサイト。

原発や再処理問題を鎌田さんが、米軍基地、自衛隊関係を斉藤さんが書かれている。

六ヶ所の核基地化は政府と財界の規定方針だった。下河辺敦氏の後援等より。
三点セット(ウラン濃縮工場、低レベル放射性廃棄物埋設センター、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター)から五点セットへ(MOX燃料工場、再処理工場)

大間原発反対運動;故熊谷あさこさんが娘の小笠原厚子さんと建てられたログハウス(あさこはうす)の話。

思いやり予算、交付金といったものはすべて税金であり、基地や原発に依存しないと生活できないように誘導した国や企業、でも実は一人ひとりの国民が選挙で選んだ政治家であり、拝金主義化した日本全体の問題が青森であり沖縄なのだというのが事実なのだと3.11を経験した多くの人が認識したのではないだろうか。

鎌仲ひとみさんの「六ヶ所村ラプソディー」も是非。

ルポ 下北核半島――原発と基地と人々
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六ヶ所村ラプソディー [DVD]
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内閣府が認めた年金の世代間格差

衝撃的な内閣府版「社会保障の世代間格差」 - 学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学) - Yahoo!ブログ



若い人が日本で働く気が無くなるのがよくわかります。

原発再稼動だとかリニア新幹線、ダム建設なんて言っている場合じゃないと思うよ。

大胆な政策転換をしないと(その内、支持政党無しの無党派層の人たちで政権が変わることを期待するが)、優秀な若い人材はぜ〜〜ぶ海外に出てしまうでしょう。


天国でお兄様と学問の話をされているのでしょう。

“わだつみのこえ”編集者死去 - NHK山梨県のニュース



わだつみのこえ”編集者死去

甲州市の産婦人科医で、太平洋戦争で戦死した学生たちの手記などを集めた「きけわだつみのこえ」の編集に携わった中村克郎さんが、22日、甲州市の病院で亡くなりました。
86歳でした。
中村克郎さんは太平洋戦争中にフィリピンで戦死した兄の徳郎さんから生前に託された手記をきっかけに、戦死した学生たちの手記などを集めた「きけわだつみのこえ」の編集に携わりました。
70人以上の手記を掲載して昭和24年に出版された「きけわだつみのこえ」は反響を呼び、映画にもなりました。
中村さんは地元・甲州市で産婦人科医を務めながら日本戦没学生記念会、通称「わだつみ会」の理事長を20年以上つとめ、各地で講演活動などをおこなって平和の大切さを訴えてきました。
平成20年には中村さんが集めた戦争や平和に関するおよそ3万点の資料を展示する「わだつみ平和文庫」が甲州市に開設されましたが、今は休館しているということです。
中村克郎さんの長女の中村はるねさんは、「何よりも世界平和を願っていた偉大な父でした。父の遺志を継いで世界平和の願いをここ山梨の地から訴えていく、その役割が私にまわってきたということだと思います」と話していました。

01月23日 20時25分


わだつみ平和文庫をなんとか後世に伝えなければいけません。

中村克郎先生の遺志を繋げていきたい

朝日新聞デジタル:元わだつみ会理事長・中村克郎さん死去 - おくやみ・訃報



言葉が見つかりません。僕はお嬢さんのはるね先生を通してしかわだつみのこえは知りません。
でも、戦争で亡くなったお兄さんの言いつけを守り、岩波を買い続け、戦争を嫌った克郎先生の思いは分かります。

2008年にきけ わだつみのこえを読んだ時のメモです。若くして戦場に散った克郎氏の兄からの遺書というべき手紙です。若き優秀な学生が散った戦争。


わだつみ平和文庫が甲州市(旧塩山市)に危篤中の中村克郎氏に代わり長女の中村はるね医師により開館された。10万冊以上におよぶ書籍から約3万冊が展示されている。
克郎氏は下記徳郎氏の弟である。

中村徳郎
昭和19年6月20日午前8時

父上母上様。弟へ。
門司市大里御幸町 辰美旅館        徳郎

何もかも突然で、しかも一切がほんの些細な運命の皮肉からこういうことになりました。しかし別に驚いておりません。克郎(弟)に一時間なりとも会うことが出来たのはせめてもでした。実際は既にその前日にいなくなっているはずでした。そうしたら誰にも会えなかったのです。
中略
最も伴侶にしたかった本を手元に持っていなかったのは残念ですが致し方ありません。それでも幾冊かを携えてきました。
中略
今の自分は心中必ずしも落ち着きを得ません。一切が納得が行かず肯定が出来ないからです。いやしくも一個の、しかもある人格をもった「人間」が、その意思も意志も行為も一切が無視されて、尊重されることなく、ある一個のわけもかわらない他人のちょっとした脳細胞の気まぐれな働きの函数となって左右されることほど無意味なことがあるでしょうか。自分はどんな所へ行っても将棋の駒のようにはなりたくないと思います。
 ともかく早く教室へ還って本来の使命に邁進したい念切なるものがあります。こうやっていると、じりじりと刻みに奪われてゆく青春を限りなく惜しい気がしてなりません。自分がこれからしようとしていた仕事は、日本人の中にはもちろんやろうという者が一人もいないと言ってよいくらいの仕事なのです。しかも条件に恵まれている点において世界中にもうざらにないくらいじゃないかと思っています。自分はもちろん日本の国威を輝かすのが目的でやるのではありませんけれども、しかしその結果として、戦いに勝って島を占領したり、都市を占領したりするよりもどれほど眞に国威を輝かすことになるか計りしれないものがあることを信じています。
 自分をこう進ましめたのは、いうまでもなく辻村先生の存在が与って力ありますが、モリス氏の存在を除くことが出来ません。氏は自分に、真に人間たるものが、人類たるものが何を為すべきかということを教えてくれました。また学問たるものの何者たるかを教えてくれたような気がします。私はある夜、西蔵(チベット)の壁画を掛けた一室で、西蔵の銀の匙で紅茶をかきまわしながら、氏が私に語った"Devote yourself to Science."という言葉を忘れることが出来ません。



わだつみ平和文庫に関する文書

きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)
きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)
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冬キャンプ装備(笑)

先日の釣りde焚き火deキャンプの折の初心者装備リスト

ご参考までに。

冬のキャンプ初めての方用 持ち物リスト (釣りもする方も)

耳を覆うことが出来る帽子あるいはイヤーマフラー(耳当て)
手袋(厚め、スキー用等)
下着:ヒートテック系
上着:焚き火やBBQをする場合を想定して化繊でないものがベター、火の粉が付いて穴が開いても気にならないもの上下

靴:ブーツ等(脱ぎやすいとさらに良い)
めがねorサングラス(釣り用)
ホカロン等のポケットウォーマー(靴の中に入れるタイプ、服に張るタイプ、大型は寝袋に2個くらい入れると夜快適)

レインウエアー上下(念のため)
タオル、手ぬぐい
軍手(魚をさばくとき便利)
ヘッドランプ(あると便利、お貸しできます。夜這いに便利)
常備薬、ハンドクリーム、リップクリーム等

お風呂セット(使わないかも)
美味しい濃いお酒(凍死しないため)

おやつ:1000円まで、バナナはおやつに含めない。
花火(お好みで)
カラオケ(フルセットお持ちください)発電機持参でレーザーカラオケOK
マシュマロ、恨み、つらみ、ストレス(焚き火で焼くため)

鉈(なた):熊と闘うため
弓矢:鹿を倒すため
ナイフ:うるさいオヤジを威嚇するため
パスポート:直に世界放浪の旅に出られる。

映像から見る歴史

BSジャパン 池上彰の20世紀を見にいく


世界史の復習です。
大学受験以来世界史の勉強なんかしたことがないですね。
年号も忘れています。

放映時間が短いのが良いです。

そして映像が凄いです。

受験生の頃、すべて教科書や参考書のテキストから頭に入れましたが、映像があったらもっと効果的に
覚えられたかも(笑

そして、戦争の悲惨さはリアルな死体映像から知ることができます。

議員削減の前にあること。

Joe's Labo : 21世紀の牛歩戦術「議員定数削減」


城さんの書かれている通りだと思う。
議員削減して節約できる税金と比較すれば一目瞭然。


これから団塊世代が年金貰って遊びはじめるようです。はやめに年金カットしてもらいたいものだと思うのです。
増税もすべて高齢者に回って、支払っている人には恩恵はありませんから。
そして公務員給与も下げないといけません。
年功序列と終身雇用も止めてね。


城さんのブログから一部引用しておきます。


しかもそれだけ貢がされても積立金自体は減り続けているわけだから、言い方を変えるなら
サラリーマンだけ増税しつつ、将来の社会保障給付をカットしているようなものである。
ね、ちゃんと増税と社会保障カットになってるでしょう。

基礎年金しか払っていない(or未納中の)フリーターや自営業者はどっちでもいい話だが、
天引きされまくりのサラリーマン諸氏はこの辺を冷静に見極めた方がいい。
世の“増税反対派”と称する人の中には、本音では「サラリーマンに負担させとけ」と
腹の底で考えている人が少なくない。

さて、こんな状況の中で、民主も自民も主流派は増税を選んでいるわけだ。
けして次世代にツケをどうのこうのというわけではなく、単に高齢者に社会保障カットと
言えないからにすぎない。

この動きに反対する人達も、社会保障カットとは言いだせない。
そこで、議員定数とか歳費の削減なんてしょーもないことでお茶を濁しているのだろう。


そう、かつての牛歩戦術と本質的には同じことだ。
戦後、長く続いた自民党政権の間、どう考えても勝ち目が無い議案に対して、社会党や
共産党といった野党が、投票箱までゆっくり歩いて尺を稼ぐという珍妙な光景がしばしば見られた。
「支持者の皆さん、私たち、こんなに頑張ってますよ」というパフォーマンスだったわけだが、

ナイフと銃刀法

東京新聞:取り調べ3時間 なぜだ 「被災地の実情無視」:社会(TOKYO Web)


僕も昨年ボランティア活動に参加した時に当然のようにビクトリノックスのサバイバルナイフを持参した。
以前は通勤用のバックの中にも入れていたけど、最近ではこの様な例があるとのことで控えている。

釣りやキャンプの時以外はナイフは持ち歩けない、さらに鉈なんかも車に載せられない。

ビクトリノックスは空港の免税店等で昔は買えたが、今は機内持ち込みが出来ないために経営状態が悪いと聞く。

ナイフを使えない子供も大人も増えているようだ。

生きる能力を段々失っていくように思うのはおいらだけなのだろうか。


楽しみ(笑)

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知り合いが旨いというので買ってみた。
冷凍で届いたので、冷蔵庫で解凍中。

週末のたのしみなのである。


日本の将来を憂いてはいけないのかな。。。

会長室|日本学術会議


皆さんはこの文章をどう思うのでしょう?
ファイスブックでもいくつかコメントいただきました。

これが日本の学術トップの方の年頭あいさつ。
原発もリニアも同じ文脈の中で絡みとられているように思うのです。

好きなことだけやって不具合がおきても責任を取らない思想。
もしかしたらこれが日本の科学技術の思想そのものなのかもしれません。

官僚が書いた霞ヶ関文学かもしれませんね。

会長からの年頭メッセージ

 日本学術会議が新体制になって丸6年が経過しました。再任なしの6年任期制、70歳定年制、女性会員や地方会員の増加、現会員が次期会員を選ぶ選出方法採用、連携会員新設等からなるこの改革の狙いは複合的ですが、その重要な一つが、会員を固定化せずに、広く科学者コミュニティーから選考することによって、代表制と活動力を確保することにあったのは間違いありません。現在の会員には、既に6年間、あるいは3年間会員を務めてきたメンバー、昨年10月に新たに会員になったメンバー等、異なる経歴のメンバーが混在していますが、新制度になって選出されたという共通性があります。つまり、6年前に行われた改革の意義が真に問われるのが、第22期の活動なのです。科学者コミュニティーはもとより、政府、産業界、国民が、特にこれからの3年間の日本学術会議の活動をどう評価するかによって、国の機関としての日本学術会議が、国民の信頼の下で、安定的に存在し得るかどうかが決まるといってもよいと私は思っています。

 日本学術会議が基礎をおく科学は、実証的な方法で体系づけられた知識と定義づけられ、単一の真理を目指して磨きあげられようとするのですが、現実には、異なる見解に至る科学的知識が存在するという実態にあります。われわれは、この実態を認識しつつも、それが科学の発展段階における過渡期のものであるという認識をもって、真理探究を継続する必要があるとともに、現に存在する認識の相違が何に起因するのかを科学的方法によって明らかにすることも重要な営みと自覚する必要があります。昨年3月に起こった東日本大震災による津波災害と原子力発電所事故によって大きな被害が出たことは、この現代科学の不完全さをえぐり出すとともに、不完全な科学を応用に利用することに関わる科学者の悩みをも顕わにしたといえます。日本学術会議もこの問題から無縁ではなく、国土や都市を構成するのに利用されてきた科学的知見のどこに脆弱性があったのか、原子力発電技術の不完全さとそれを応用するに際して慎重さへの認識がなぜ不足していたのか等を自問しつつ、復旧復興、放射能からの安全確保に向けた多くの提言等を公にしてきました。

 第22期においては、これらの活動をさらに発展させていくとともに、東日本大震災における経験を日本学術会議の強化に生かしていく活動を進めていきたいと考えています。折から、総合科学技術会議の改革が論じられ、科学技術イノベーション本部と科学技術イノベーション顧問の新設が提案されています。どちらも、科学的な発見や発明による知的、文化的価値の創造を、さらに経済的、社会的、公共的価値の創造へと結びつけることが日本の最も重要な活動分野であるとの認識に基づいた提案であり、科学を大いに奨励しようという意味を含んでいます。このように日本学術会議が本来果たすべき役割に期待が集まっていることを改めて認識し、学術の発展のために常にも増して充実した年にしたいものです。

2012年1月 第22期日本学術会議会長  大西 隆

ぼくらは夜にしか会わなかった 市川拓司 祥伝社 2011

図書館本

原発や電力、さらには経済の本なんかを読んでいると、心が渇いてきますよね。現実逃避したくなるんです。

短編6本、5本は雑誌に発表されたもの、1篇は書き下ろし。


これまでに
いま、会いにいきます。
恋愛写真ーもうひとつの物語
その時は彼によろしく
吸涙鬼 などなどを読みました。


今回も市川ワールドは健在です。
都会でもなく田舎でもない、天文台があり植物園がある。そして回りのヒトと少し違う心の動き(いや、本当は誰もが持っている性質かもしれない)の中で展開する物語。

決してすべてがハッピーエンドにはならないのだけれど、なぜか子供時代の心にタイムスリップさせてくれるような薬効をもつ本です。

こんなテキストが素敵です。
去り行く定めにある者たちが抱く淡い夢。記憶の中に生きること。覚えていてね、と彼女は言った。忘れないで。
ぼくはページをめくり彼女の残した言葉をそっと辿る。時を過去へと遡るために、追憶に棲まう人々と再会するために、そして、いまひとたび彼女のあの微笑みに触れるためにーー「いまひとたび、あの微笑みに」

個人的には「花の呟き」が特によかったかな。ダムに沈んだ村の記憶。涙を誘います。

ぼくらは夜にしか会わなかった
ぼくらは夜にしか会わなかった
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Profile
鎌倉おやじ
趣味:イワナに遊んでもらう、菜園、読書、焚き火、ランタン

愛読人:内山節、池田晶子、養老孟司、山本素石、高桑信一、相田みつを、宮本常一、網野善彦、野田知佑、南木佳士、川上健一 佐藤優 内田樹(順不同)

夢:晴釣雨読で自給自足、在来魚保護 (最近釣りにはそれほど熱中してません、年のせいでしょうか)
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