おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

2008年10月

至極当たり前、でも危ない?

大竹文雄のブログ: 子供の数だけ親に投票権を (2)
もっともなご意見だとは思うのだが、、、なんか違和感もある。
75歳以上の参政権剥奪なんて言ったら暗殺されるんだろうな。。。。

明らかに少子高齢化万歳の爺婆優遇政治を続けるなら、若者は日本を捨てると思う。
でも、山の民、海の民の爺婆はきっと投票権なんかもう要らないと言ってくれそうだ。

麻生さんの会見をテレビで見ていて、なんだか心底がっかりした。

ぽっぽ を唄う

岡山の夜

気の知れた仲間達と飲んで歌う。
一日目も二日目も結局最初は20人以上の大宴会。
最近、酒も弱いは眠いはで途中脱落が多い。

おいらはチューリップを歌った。

karaoke

3年で辞めた若者はどこへ行ったのか 城繁幸 ちくま新書 2008

図書館本

若者はなぜ3年で辞めるのか?の続編
読んでいて思ったのは基本的に考え方は大竹文雄氏の「格差と希望」の論調であり、それを過激に若者社会に向かって綴っている。
昭和的価値観と平成的価値観のぶつかり合い。そして既得権益者としての老人と団塊の世代、彼らの絶対的な存在感はもはや右と左といったイデオロギーを超えた障壁であり、若者の夢も希望も確実に大型戦車で踏み潰している様に見える。労働組合は正規社員の給与維持だけを目指し、そのために新規正社員の数は減り、派遣社員や非正規社員との格差は開いていてく、そしてその格差は技能の差ではなく単なる正か非と言うだけの括りなのだ。
こんな会社と言う制度を補償する国家に対する不満がいわゆるロストジェネレーション世代に蔓延するのは至極当たり前なのである。
著者はひとつの解決策として1982年のオランダにおけるワッセナー合意を示している。これは正規と非正規との格差解消のため政府、労組、経営者との合意に基づくものだそうだ。そして現在オランダでは正規と非正規の格差はほぼ完全に消滅したと言う。そして筆者は言う、年功序列のシステムは実は一つの致命的な矛盾を含んでいる。それは「若者の権利を否定する一方で、その若者の力無しには生き延びれない」と。
若者達は我がままに、もっと主張すべきなのである。現在の老人や団塊の世代のために年金を払うのならば、それ相当の自由と給料が無ければならないのだ。
一つだけ指摘しておきたいのは、本書はあくまで日本の市場経済システムの話であり、サラリーマンと言う会社制度での話しなのだ。農業や漁業と言った能力や技の裏打ちが大きい職業とは少し文脈が違う。

3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代 (ちくま新書 (708))
3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代 (ちくま新書 (708))

是非足をお運びください

甲州市に平和文庫 : 山梨 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
人は過去からしか学べないのにもかかわらず、いまだ戦争を繰り返す。そして涙を流し続ける。

わだつみ平和文庫

わだつみ平和文庫:「きけわだつみのこえ」資料集め、甲州市に開館 /山梨 - 毎日jp(毎日新聞)
広く沢山の人に見てもらいたいと思います。右も左も関係なく。

川シンポ 

川の全国シンポジウム−淀川からの発信−(2008年11月2〜3日)
川辺川ダムも見直しが決まり、淀川水系のダムも見直しの流れになって欲しいものだ。
一度作ってしまった悲劇を繰り返さないためにも。
近くにいれば是非とも参加したいものだ。
せめて動画のストリーミングでもしてもらえないだろうか。。。。
情報や知識の共有が今後のダム施策を変えていくだろう。

岡山

学会という名のお仕事。

旧友達の活躍を喜び、自分の不甲斐なさを笑う。

そして若い人たち(ロスジェネ世代)の苦しさを身にしみて感じる。

既得権益者に足を踏み入れている世代として、真剣に考えなければ。

夢多き若者を伸ばすのは爺の義務である。

しっかりした科学哲学を持ち、思う存分やりたいことをやってほしい。

韮崎観音

実家の韮崎駅から観音様に送られて住まいに戻る。

そして大船駅でまた観音様が迎えてくれる。

なんかとても幸せな住まい環境だと思った。

かんのん

わだつみ平和文庫

土曜日 塩山に。
中村はるね先生と出合ったのは某県の研究所に入って直ぐだった。
恩師のT大産婦人科学のK教授から紹介されK病院に伺った。
臨床家との密接な研究協力は非常に大切であることはこの教授を見ていて習った様に思う。大学院生の小生意気な小僧にも腰が低く、学問に対しては実直。
はるね先生と一緒に某県で初めてのHIV感染者を見つけたのはその直ぐ後だっただろうか。
K教授からは当時、わだつみの会の理事長さんの娘さんであると教えていただいてはいたが、興味は無く、時を無駄に過ごしてしまった。

そんな思いを胸に、開所式に参加させていただいた。
何度かにわたってこの件は書き残していきたいと思う。
10万冊の蔵書の内3万3千冊をとりあえず整理されたとの事。

戦争無き社会を、そして武器無き社会を。
表札

11101939.jpg畑には柿がなり、山も紅葉の準備です。墓参りして富士を眺めた。

リハビリ

鳥取からリハビリの様子を写した動画がメイルに添付で送られてきた。

普段から身体性の無いITに未来はあるのか?などと偉そうな事を書いているが、今回ばかりはITのおかげだと素直に認めよう。

倒れてから6か月以上が過ぎ、歩行は不可能かと思っていた。

しかし。
介助がいるものの、棒に掴まりながらゆっくりと歩く姿がモニターに映されていた。

リハビリ担当の医師の方も涙したという。

僕も夜、ひとりでPCを眺めていてよかったと思った。

死は普遍ですが、回復は意志と努力とサポートで可能なのである。

信じています。
また、一緒に飲み歩く事を。

指定校制度や推薦枠は?

asahi.com(朝日新聞社):院生「青田買い」研究に妨げ 有力大工学部長が是正訴え - 社会
未だに続く年功序列の為にはどうしても、制度や枠組みは必要なのだろうね。 大学と企業がツーカーの関係で、さらにはそこに学生もおんぶにだっこ。
でも、もうこの昭和的関係は成立しないんじゃないかな。

企業は生き残りをかけて出来る学生を欲しい。だからこれまでの様な教授との関係や大学就職関係当局との関係より学生(人材)優先になっただけだろう。
有名企業は有名大学に入学した時点での生徒が欲しいと言う。だって4年間遊んでしまうんですから(笑)
やはり学位を安易に出したりして博士様を乱造したことも、昨今の捏造問題やパワハラ、セクハラ問題にも繋がってきているのかな?
博士号なんてピンキリですから。大切なのはヒトなんだけどね。

ホテルのバーが安かろうが高かろうが

日本のメディアって何なんでしょうね。

もちろん超マジメな記者さんや、日本の未来を憂いている記者さんも沢山いるとは思いますが。

何を食っても何を飲んでもいいんじゃね?


馬鹿な記事書いている時間があったら本でも読んでいた方が良いのでは。

#おいらはホテルのバー好きですよ。値段と合わないと思うホテルもあるけど。景観だったり、雰囲気だったり、音楽だったり、好みの問題でしょう。

ひとりしずか 相田みつを

= 相田みつを美術館 Mitsuo Aida Museum =
平日にまた癒されに一人で行こうと思う。
自分の愚かさを噛み締めながら。



相田夢

親指ピアノ(ムビラ)

先日の演奏
そしてハヤシさんの絵本 販売はこちら
ハヤシさんのCDはこちら
CDはジンバブエのムビラを録音

ムビラは先祖との交信でもあるそうです。
「ほら言っただろう、あの森に入ったからライオンに食われた」とか、先祖からの教え。自然との共生共死を感じました。

神とつながる音―アフリカ・ジンバブエのムビラ
神とつながる音―アフリカ・ジンバブエのムビラ
《ジンバブエ》ショナ族のムビラ2 アフリカン・ミュージックの真髄2
《ジンバブエ》ショナ族のムビラ2 アフリカン・ミュージックの真髄2

コーヒーミル

高校時代、なぜかコーヒーに萌えていた。

コーヒーサイフォンだのメリタ、カリタだの。
ネルドリップが良いのだの。

カフェロワイヤル用のコーヒーカップの上でブランデーと角砂糖を燃やすスプーンまで買った。
さすがに自己焙煎するだけのお金はなかった。

自分で焙煎された豆を配合を変えて購入してコーヒーミルで細かさを変えて挽いたものだ。

30年ぶりにコーヒーミルを購入した。

今年の夏の北海道釣行の折に高級外車ライダーが持っていたミル。
きっと高額だと思っていたのだが、アマゾンで調べたら、買えない値段でもなく、ふとこれを持って一人旅に出てみたくなった。

ガリガリと一人コーヒー豆を挽き、お湯をストーブで沸かし、ペーパードリップして飲みたいなと。

何とも言えない豆を挽いた時の香り。
少年の時代に戻ったようだ。

ポーレックス コーヒーミル
ポーレックス コーヒーミル

親指ピアノ(ムビラ)

月曜日の昼休み。
W大の文化週間のイベントにちょっとだけ参加。

以前から一度演奏を聴いてみたかった。
お土産で親指ピアノを買ったことはあったが、どんな音楽を奏でるのかはまったく知らなかった。

瓢箪の様な共鳴装置を抱えて、その中で弾く。

素晴らしい音色というか体の奥底に響く音だろうか。

演奏の前に鈴木浩之さんの講演があり、アフリカ音楽に関して紹介してくださった。
アフリカでは音楽は楽しむ事ばかりではなく、悲しみや怒り、治療、場合によっては呪術でもあると。まったくそうであるなと納得。

演奏の様子はまた後日。
当日演奏されたハヤシエリカさんのHPはこちら

可憐

挿し木のバラ。
手入れもほとんどしなかった。

ふと見ると、つぼみをつけ、花を咲かせていた。
そしてほのかな香りととともに。

品があり可憐であり嘘をつかない。

バラ

歴史の中で語られてこなかったこと 網野善彦 宮田登 洋泉社 2001

1998年の単行本の新書版
お二人とも既に故人となられている。

女・子供・年寄りこそが歴史の主人公だった。
女が支えた養蚕と織物の歴史。理系人間として、いかにモノを知らないかをこれでもかと言うほど叩きのめされた。(もちろん理系でも歴史や民俗に長けている人はいるだろうが)

目次だけ見ても引き込まれます。
1)歴史からヒントを得る 文学や映像の世界 (もののけ姫に関して)
2)農業中心史観が隠蔽した女性の役割
3)女性史の常識を覆す 桑と養蚕の世界
4)女性と織物の歴史を民俗学が解き明かす
5)老人の役割を認める歴史を発見する
6)古い伝統に裏付けられた接待と談合の歴史
7)日本人の国家意識を作った地図の思想
8)歴史家清水三男の足跡をたどる
9)従軍慰安婦問題を巡って
10)日本社会の歴史を読み直す
1982-1995の対話
歴史と民俗の十字路
衣装の再発見
渋沢敬三の仕事と意義
コメと日本人
新しい日本像を求めて(歴史と民俗のあいだ)

網野さんと言えば、百姓は農民だけではない、と言う強い主張な人というイメージを持っている。そして宮本常一さんの百姓の捉え方は間違っていると指摘した。本書では対談をテキストにしているので、若干はしょられている部分もあり、歴史素人には理解が厳しいところもある。しかし歴史学と民俗学という垣根を飛び越えた対話は非常に興味深く読んでいて面白い。そして歴史認識に学者間で大きな隔たりがあり論争が有ることも理解できた。歴史を見る目線の位置で後世に伝わる史実は異なるのである。
国や部族により何人と括ること自体の愚かさを感じたのである。

歴史の中で語られてこなかったこと―おんな・子供・老人からの「日本史」 (新書y (050))
歴史の中で語られてこなかったこと―おんな・子供・老人からの「日本史」
歴史の中で語られてこなかったこと―おんな・子供・老人からの「日本史」

焚き火と秋刀魚

土日と連続で焚き火。なぜか疲れている。

サンマ5匹400円 大根2本100円 この値段が果たして正しいのかどうか。

焚き火の隣で炭をおこし、秋刀魚を焼いてみた。

焚き火が小さくなったのでガスランタンを灯す。
明るいのだが、自然でない光を感じざるを得ない。

たきびさんま

TVドラマの撮影場所の近くに住むとは思ってなかったな。

小椋佳

高校時代にはまっていたように思います。
お金もないのにLPを買いにいってました。

彷徨なんてLPや憧憬なんてのがあったような記憶があります。




格差と希望 大竹文雄 筑摩書房 2008

図書館本
副題:誰が損をしているか?

初めに書いておくと、日本学士院賞を取った方と言うバイアスがある。
ノーベル賞と同じく長生きしないと取れないとも言われるこの賞を1961年生まれの著者が2008年に受賞。

さて、本書は日本経済新聞やご自身のブログ等に2005年から2007年の間に起こった経済関連の動きをコメントしたもの。さらに追記を加えて日本経済の問題点等を指摘している。
ただ、どうしても貨幣と言うものを評価基準にしているだけで、其処に哲学や思想、あるいは人間の豊かさとか幸福と言った文脈が見えてこないと思うのは小市民的発想なのだろうか。
盛んに制度の問題等を指摘されるが、なぜか身体性の欠如した脳化した社会だけが其処に見えてきてしまいます。
多くの賞を受賞したという「日本の不平等」を読んでさらに考えて行きたいと思う。

幾つか備忘録的にメモしておく。
「ねずみ講」的な公的年金制度。既得権益者(高齢者、団塊の世代)
格差という言葉(定義)の多義性と所得格差の日米間での認識差異
若年層の格差問題解決は教育改革と既存社員の賃金カット
既得権重視の政策重視は一時的に既得権者に幸福感を与えるが、結局は全員が被害を受ける。
悪玉論は心地よいが結局は一時的であり解決策にはなりえない。
理性から感情へは自らの自由を毀損していき、大衆迎合主義に支配される社会になる。
既得権を打破しないと若者の潜在力を発揮することは出来ない(赤木智弘氏の「丸山眞男」をひっぱたきたい、を例に)
奇妙な再分配を避けるには過去や他人との比較から逃れて、将来に目を向け、絶対水準でものを考えることが必要。
格差に関する実証研究の蓄積が必要である。


格差と希望―誰が損をしているか?
格差と希望―誰が損をしているか?

俺たちの旅 ふれあい 中村雅俊

前にも書いたような気がしますが。

焚き火 人生

木の枝や竹を用意して薄暗くなった夕方
虫の音が心地よい

少しの紙で火をつける。

やがて小さな火は大きな炎となる。

そして次第に炎は小さくなるのだが 熾き火となり熱を残す。

熾き火も最初の力強さを次第に弱め その表面を暗くしていく。

ふと見ると、残っていた枝が熾き火でもう一度炎をつくる。

しかし表面から炎は見えなくなり 熱だけが伝わってくる。

やがて夜が明ける。

灰白色の微細な灰が表面を覆い、さらさらと朝日に輝く。

時には内部にまだ熾き火があることもあるが、ほんのりとした暖かさを残して火は消えている。

灰は草木の肥となる。

そして焚き木として循環してく。

役に立つ灰になろうと思った今日の焚き火だった。

セカンドオピニオン

15日(水)鳥取の恩人の病状と治療に関して恩人のご家族と共に神奈川県のリハビリテーション病院にセカンドオピニオンを聞きに行く。

初めての経験でもあり、じゃっかん緊張して(ほとんど緊張ということはないのであるが)先生の話を聞く。

鳥取の病院からすでに多くの資料が届いており、それをもとに先生は要領良く的確に説明してくれる。おそらくは楽観的な見込や希望的な患者家族に対する甘言を避けて、現状をリアルにそして丁寧に述べられたと思う。

昼食をはさみ(さらに質問が出ることを想定してだろう)2回にわたり面談していただき、1時間以上の時間を使う丁寧さであった。

脳梗塞という症状とリハビリ、医師も患者も、そしてその家族も大きな壁に向かって努力している。
生老病死の普遍の中で。

夕方に時間ができたので免許の更新を20分ほどで地元警察署で行った。
さすがに前回の20代の写真は使えない事がわかっていたのでパスポート用のものを小さくして行ったら、ダメだと言われた。
泣く泣く700円を払いコンビニの証明写真ボックスで撮影。
印紙と合わせて3500なりであった。

七沢HP

県民は騙されてはいけません。森林保全と林業保護の違いを

森林環境保全、財源確保策の検討を
森林保全と林業とはまったく違います。環境税とかで森林保護を謳いながら実は林業の赤字補てんに使うのは税金をどぶに捨てるようなものです。無駄な林道や砂防堰堤を都市部にお住いの方は知らないでしょう。
だから森林保全と言う文脈は、最近の地球温暖化の絡みで、納税者を納得させやすいのです。まさに詭弁です。
国や県の言いなりになって植林した人々が今、散々な目にあっている現状。緑のオーナー制度の破綻。
本当に森林保全のための税金なら、森林を抱える現場の人が使えるような金でなければなりません。そこに公務員が係る必然性はありません。
国策として林業施策の失敗をさらに国民に押し付けるのは犯罪だと思います。林業関係の公務員を削減してその資金で森林組合に助成すれば良いのです。
そうすれば林道だって、現場にあったモノが低コストで出来るし、地元の人が首を傾げるような砂防堰堤も出来ないわけですよ。
そこに仕事と稼ぎの違いが出てくるんです。


日本政府の森林偽装
日本政府の森林偽装

物質に魂が宿る時

物質である脳に心が宿る、この謎を心脳問題という。

石に魂が宿る。

日本人の、いや日本以前の人々の心を感じてしまいます。

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かわいい〜

ガーナ
道路沿いでパームワインを売っている店番のお母さんの子供。

予防接種して、マラリアにならない様に、そして大きくなって。

もちろんHIVにも気をつけて。

あかちゃん

季節ー秋

金木犀の花が地面を橙色(オレンジ色ではない)に染める。

松山千春の歌詞に、確か 季節の中で という唄があった。

めぐるめぐる季節の中で
あなたは何を見つけるだろう

池田晶子が季節の回帰性と人生の一回性を綴っていた様に思う。
内山節さんは直線な時間と循環する時間の違いを説明してくれた。
そして蓄積する時間と循環する1回性でない人生のことを。

もしかすると今、俺は、蓄積されながら循環する人生という季節の中を爺ちゃんやあるいは親父の魂と共に生かされているのかもしれないな。
自由気ままに歩き続けたい。

死ぬ者があれば生まれる者もある。そして死んでいく。
始まりがあれば終わりもある。そしてまた始まるのだろう。

そんな取り留めもないことを10月15日の夜に妄想してみた。
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