おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

2008年06月

こんな政治家を応援したい

◇ コ ラ ム ◇ 「森林=林業」か「自然林」 ? 城内実のとことん信念ブログ
片山さつきという刺客に票数では負けたかもしれない。しかし、筋が通っている、そしていさぎよい。
世界の中でこれほど自然の豊かな国も珍しいのではないのかな。それを守れないような経済大国っていったい何なんだろうと思う。
城内さんに、ノブレスオブリージュを感じるのは俺だけではないだろう。
頑張ってください。

いけちゃんとぼく 西原理恵子 角川書店 2006

図書館本(やっと順番が回ってきました)

西原さんの絵は時として我々の原体験を色彩と空間で当時のまま抽出してくれると思う。
そして哲学(愛智学)が海、森、里と言った自然の中に共生、共死する人間を埋め込んでいく。
人それぞれの「いけちゃん」が居ても良いのだろう。僕の「いけちゃん」でも貴女の「いけちゃん」でも。
大人になりたくない、そしてずっと「いけちゃん」と居たいと思う自分と、知らず知らずに大人になって「いけちゃん」を忘れていく自分をモドカシクそして切なく感じる。
そして涙が溢れる。


できるかなクアトロ 西原理恵子 扶桑社 を読んだ時の感想を書いておきます。


西原さんは、本質をしっかり見ながら、人生を歩いているんだなと思える作品。インドの差別社会におけるヒジュラとの対話。美大に入るまでの葛藤、子供時代の想い出。高須クリニック院長との珍道中等々。
笑いの中に哲学があるなどと簡単に言ってはいけないのだが、西原さんの懐の深さと愛情がある種の思想に繋がるようでもある。
最後の「いけちゃんとぼくのあとがき」が特に印象的 そして絵も。

むかし
好きだった
人たちの
子供のころに
あいに行きたく
ないですか。
ねえ
なにしてるの?
って
ほっぺを
つまみに。
きっとね
アリの巣掘りか
なんかして
返事もろくに
してくれない
だろうけど。
そんなことを
時々思ったり
していたら
わたしの ところに
男の子が
ひとり
やってきて
ねえ何してるのって
聞くとやっぱり
ざりがに釣りか
なんかして
返事もしてくれない。
さいしょは
私の子供だって
思ってたけど
どうもちがう
気がしてきて
ああ 私はいま
好きだった人たちの
子供のころを
のぞいているんだって
気がついた。
ねえ
何してるの?
どこへ行くの?
男の子って
走るのがはやいね。
わたし
あなたのこと
好きだったの。

いけちゃんとぼく

マッカランいろいろ

なけなしの銭を払い買ってみた。
12年ものでもさらに色々あるようだ。

右から2本は既に市場には出ていないようである。
そして右から2本目がバーで教えてもらった正しい12年ものだと思うのだが、、

貧乏人は、壜を開けるのがもったいないのである。

さていつ味見しようかなっと。

まっからん

新橋 いわし専門店

2度目の訪問。
2階のレトロな座敷、流れるBGMは長唄?
相変わらずの素晴らしい料理、よく出来た仲居さん(前回同様若い方)
リーゾナブルのお値段。
とりあえず画像は
刺身、なめろう、梅煮でございます。

そんな訳で店名を出さないでおこう(笑)

さしなめうめに

森は森の民に、海は海の民に聞け

諫早干拓訴訟 「思い報われた」漁業者感極まり(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
森林行政にしても河川行政にしても、本当にどれくらいの地域に生きて来た人々の智慧を利用しているのだろうか?札束で横っ面をはたきながら、お上の言う事は正しいと信じ込ませて来た歴史の文脈の中でどれほどの自然の富が無駄になったのだろう。
林道だって、農閑期に地元の方を雇用する様な工事が実は長持ちするのである。その土地にあった方法で効率的かつ効果的に出来るのだ。
内山節さんが言っていた。林野庁の林は木材生産で良いにしても、「野」は何をしているのか?ウサギ追いしかの山は野原なのである。昔の村人の方が断然賢いのである。税源移譲して林道、堰堤、砂防を行えば良いのである。海だって同じだろう。もちろん大規模な工事が必要な場合は国策としてやればよいだけの事である。「仕事と稼ぎ」が稼ぎだけの世の中になってしまった都会では無理だろうが、賢者の住む限界集落が幸いにして日本中にあるのだ。パラダイムシフトはそんなところから起こるのだろう。

公務員給与カットは年長者を集中的に

橋下知事、自民に喝「自分の身削れ」 - 政治ニュース : nikkansports.com
まったくもって当たり前なのです。公務員、国家公務員だろうが地方公務員だろうが給与カットは不可避だろう。特に問題となるのは、仕事をしない年長のオヤジ達だ。もちろんそんら連中は企業などにも居るだろう。毎日、朝の仕事は裸付きのスポーツ誌を読む事とゴルフの素振り。手ぶらで通勤電車に乗っている親父連中。文庫本の一冊も読んでみろ。漫画とスポーツ誌だけがオヤジ達のネタ本らしい。公務員の罷免権は国民にあるのです。
若い職員が力を発揮できる体制が一番重要なのです。ネガティブで何もしない馬鹿公務員オヤジが敵なのです。皆で駆逐しましょう。

現在の勝ち抜け ビールもどき

一回戦勝ち抜き?同点2回戦進出

金麦
クリアーアサヒ
スタイルフリーアサヒ糖質ゼロ
良質素材
スパークリングホップ
麦とホップ
ジョッキ生
サッポロビバライフ

ちょっと前の発泡酒と比べると明らかに旨くなっているように思いますね。
当然、メタボも進むわけですが。

鳥取 イタリアレストラン LA・MANO

某超有名歌手もお忍びで訪れたというレストラン。
カウンターだけの綺麗な佇まいである。
されど、恐るべしなのである。全てが旨い。
マスターの品なのであろう。
料理の品格と味は料理人の品格そのものなのだろう。
きどらず、格好つけず、ありのままなのである。

こんなお料理をたまに食べるために頑張るという人生も良いかもしれないと思った夜であった。

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確かに!

asahi.com(朝日新聞社):サントリー、ビール事業悲願の黒字化へ 参入45年で初 - ビジネス
金麦は確かに旨いと思う。サッポロの麦とホップも確かに旨い。小市民としては安くて安全、美味しいという文脈であれば良いのである。サントリーの技術陣も頑張ったのだろう。
でもタバコの次は酒税と考えるのが財務省だろうな。
タクシーで本当のビールを飲みながら庶民から第3のビール酒税を上げようと考えているのは間違いない。

鳥取 蕎麦 田久

寿司屋さんで修行した大将が蕎麦と寿司を出す。
はんぱではない。
職人の技なのである。

でんきゅう

鳥取 末広温泉町 一心

28年前のオープンだったことを改めて知る。
当時、今回入院している恩人に連れられてほぼ毎日夜のバイトが終わると飲み食いをしていたお店。
その後、何回か鳥取に足を運んだのだが、いつも一杯で挨拶すら出来ずに今回までになってしまった。
今回は恩人のお嬢さんが予約を入れてくれて(カウンターだけの店で、10人は入らないかも)久々の訪問。

いきなりあご(トビウオ)の煮付けで、涙出そうなくらいの美味に感動。
今宵は長い夜になるため早めに後ろ髪を引かれながら移動。

当時と変らぬマスターとママが居たことにも感動した一心でありました。

一心あご刺身

ビールもどき3

サッポロを買ってみました。
いろいろあるけど、本当にどれが淘汰されていくのでしょうか。

ビール3

再び鳥取

知人のお見舞いのため鳥取です。
羽田では天候次第で米子か大阪への着陸もありうるとアナウンスされましたが無事に到着し、ホテルへチェックイン。
今回のパック料金は2泊付きで34,000円。
おそらく飲み代の方が高いだろう(笑)
昨晩は、ひょうたん、一心、花じまん、無、ロッソ,K,H,潤 (一部イニシャルのみ)をハシゴでございました。

生老病死は必然であるのだけれど、身近の人がだんだんと離れていくさみしさはつらいものがある。

主治医の先生にお話を伺い、リハビリの現場を見せていただき、
「早くまた飲みにいきましょう」と声をかけてきました。

修験道

佐藤優さんが書の中(インテリジェンス人間論)で金峯山修験本宗総本山金峯山寺の蔵王堂を訪れ五條良知東南院住職から聞いた話として書いている。(鈴木宗男氏、村上正邦氏と同行)

修験道は、神道、仏教のみならず道教や日本の土着信仰が合わさったもので、多元性を基本とする。吉野は古来より政争に敗れ、逃れてきた人々を匿い、再出発させる場だ。われわれ山伏は偏見にとらわれず、人々を人物本位、言説をその内的ロジックのみで捉える。他者を排斥いようとするような思想や政治とは、武器をとってでも戦い、多元性と寛容の世界を維持する。なぜなら、それがなくなると日本は日本でなくなるからだ。
日本は近代化の過程で大きな失敗を二回した。一回目は明治維新の神仏分離で、日本とは異質の一元支配の傾向が強まった。二回目は太平洋戦争の敗戦で、天皇を神の座から引き下ろし日本人がもつ神道の感覚が薄れてしまった。
吉野は山奥であるが、地政学的には京都、大阪、伊勢に出ることが容易だった。われわれ山伏は、全国各地に散って情報を集め、それを吉野に集約した。吉野はインテリジェンスの総本山でもあった。

内山節さんも最近特に修験道に注目されているようで、特に民衆の自然に対する信仰と対立するものとして国家としての儒学を考えているようです。すなわち合理を基本とする儒学的国家支配(支配者として都合の良い思想)と自然信仰に基づく「ゆるい」民族的共同体による国という形を。

びーるもどき2

あれ、やっぱりサッポロが無いですね。。。

とりあえず左2本が一回戦を勝ち抜きました。
そしてカロリーゼロではアサヒが勝ち。

サッポロも買ってきます〜〜。

ビールもどき

国家と人生 佐藤優x竹村健一 太陽企画出版 2007・12

図書館本

佐藤さんが高校時代聞いていた竹村さんのラジオ番組の想い出話などから国家論に発展する。竹村さんの別荘に佐藤さんご夫妻が訪問しての対談をまとめている。
個人的には竹村さんの著作(原子力発電施設で事故など起こらないという主張、その後臨界事故)や外務省職員の著作での帯へのコメント(女ひとり家四軒持つ中毒記 )で竹村氏は好きではない。

本書では佐藤さんのかなり個人的な背景なども吐露しながら話しが進む。
母方が沖縄の島のご出身であることからその戦争体験を身近に感じておられれて、琉球民族の魂の鎮魂をも考えつつ沖縄、北海道独立をほのめかす。
また神学者としての背景と外交を通しての宗教論を織り交ぜた神道世界遺産論も面白い。
また日本にキリスト教が広がらなかった理由を、優秀な宣教師を送らなかった(神道や儒教が根付いていたから)考察している。これは内山節さんの考えとは異なっていて面白い。すなわち中国や韓国は儒教で合理と言う思想があったのでキリスト教が入り安かった。しかし日本は森羅万象であり自然信仰があり儒教は支配者側の論理であったからだと言う説明となる。
読書に関して、知識は熟読においてのみ身に付く、速読はあくまでも知識の確認に過ぎないと指摘する。
また、これまでの主張の通り、権威と権力が明確に分かれていることで日本が発展してきたと指摘する(天皇制と政治の分離)。そして安易な憲法改正は国家体制を危うくすると。(竹村氏は改憲支持)
日本にリセットが起こらないのは(中国とは違い)、天皇家の伝統が連綿と続いていて、逆説的にいえば、自虐史観が出現するのは日本が神の国だからです(この場合の神の国の意味は天皇と自然の神の両方を含むと思われる)、皇統が続いている国だから、過去に対して永遠に責任を持たなければいけないという刷り込みがもたらされる。それは日本人だからなのです。革命が起こる国では、ああした発想は生まれません。p277


国家と人生―寛容と多元主義が世界を変える

なんかおかしくね?

<たばこ>8月にも自販機の深夜稼働を解禁(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
結局抜け穴だらけのタスポなるカードと深夜自販機解禁とセットな訳ですよね。
本当にCo2削減を目指すなら、飲料水、タバコ、酒等々の自販機自体を減らす事が第一義でしょう。別に自販機で買わなくたって、お店で買えば良い訳です。自販機が本当に必要な場所って限りなく少なくないですか?おいらはほとんど自販機を使わない様にしているし、ペットボトルも缶ジュースも買わないのではっきり言って自販機必要ありません。

芸能人使ったメディア戦略で若年層にタバコ吸わせているJTとそこからJT擁護の研究費貰っている御用研究者を何とかしなければいけないのですよ。

おや、こんなところに茂倉うりが

一度食べたら忘れられない瓜本来の味
塩だけつけてビールで良いのです。

冷汁は賞味したことがないので今回は試してみます。

表面が黄色くなって腐っていそうでも実は中はみずみずしいというウリなのです。
峡北の白ウリの浅漬けも大好きですが、茂倉ウリも旨いのである。

注文は
shop@joryuken.net
TEL 0556-45-2101
らしい

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マッカラン12年の謎

先日清水の舞台から飛び降りて買ったマッカランの味がどうも以前飲んだものと違うので寝れない日が続いた(ウソ)

そんな訳で最近とある歴史のあるバーで聞いてみた。
「最近のマッカラン12年の味は変わったんですか?」
バーテンダーさん曰く
「そうなんですよ、マッカランは死んだのです」

そして彼が個人で所有しているマッカラン(左側 おそらく50cc程度ほどしか残っていなかった)をテイスティングさせてくれた。
すでに酔っ払いモードであったので良くは解らなかったのだが、確かに違う。
アルコール度数も43度と現在の40度のものより高い。
すでにまたネットで12年の別銘柄も買ってしまった訳だが(笑)
このマッカランを探さねばなるまい。

シェリー樽で熟成させたシングルモルト。
噂によると、ロシアマフィアとイタリアマフィアが既に樽を押さえていてマーケットには出て来ないとの事である。

マッカラン探求の旅は続く。



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モンスター研究者も増えているような

asahi.com(朝日新聞社):歯ブラシ・生理用品に放射性物質塗る 元助教に有罪 - 社会
モンスターペアレントを生み出したのはモンスターグランパとグランマムだとは思う。そして今回の様なキチガイはどの様に生み出されたのだろうか?キチガイに刃物は分かり安いが、キチガイ研究者はアイソトープでもレベル3ウイルスでレベル3細菌でもOK。さらには劇物毒物も。本来科学は人類の繁栄(この定義は難しいが)にあるのだと思うが、きょうびの研究者の多くはご自身の単なる興味とポジションにのみ固執している方も多い様に思う。昔と比べる事に意味があるかどうかは別にして、大学院時代の周りの学生と研究者と現時点でのそれはは明らかにモラルもモチベーションも違うと感じる。25−35歳のロストジェネレーションと言われる人々とも少し違う様に思ってしまう。明らかに変な奴が増えていると思うのは、おいらが変なのかも知れないが。。。
それで
「被曝(ひばく)線量は身体に障害が出る値を超えておらず、被告も大学を懲戒解雇されるなど社会的制裁を受けた」などと述べ、執行猶予付きの判決、だそうだが。被害者はこれで納得するのか? おかしくねえ?

味比べ

普段は、のどごし「生」派である。
最近沢山の新しいビールもどきが発売されているので買ってみた。

さて、どれが良いのだろうか?

飲み比べなのである。

7e8ff70b.JPG続きを読む

東麻布 野田岩 

土曜日の夜。
高校の同級生で東京周辺組の集合。
天然ウナギのお店だそうです。
ちょっと高いです、小市民には。
全員がオイラの年収より上であることは間違いない。
ゴルフしないのはおいらだけ(笑)
スポーツ紙部長、銀行幹部、企業課長、デカイ不動産社長だもんね。
来月ある高校全体の東京同窓会の話やら、ゴルフの楽しみ方などを話して盛り上がりました。

きっと、おいらは養殖ウナギと天然ウナギを並べられても味の区別はつかないな。(爆)

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ルポ 貧困大国アメリカ 堤未香 岩波新書 2008・1

図書館本

最近、堤さんは日本エッセイスト賞を取られましたね。
さて、本書は日本人が知らないであろうアメリカ経済あるいは新自由主義の裏側をこれでもかと言うほどにご自身の足を使い情報を集め描いている。

「教育」「いのち」「暮らし」という、国民に責任を負うべき政府の主要業務が「民営化」され、市場の論理で回されるようになった時、はたしてそれは「国家」と呼べるのか?と堤さんは書く。

貧困と肥満、民営化(保険、病院など)と経済難民、戦争という就職等々をまさに今からの日本が直面するであろう将来を今現在のアメリカと言うタイムマシーンで見せてくれます。

下流は太るを実証する低価格高カロリー食の学校給食、フードスタンプ制度。乳児死亡率6.3/1000の現実(病院が高くて行けない)、民間医療保険に加入していなければ手術も受けられない様な社会(盲腸手術 入院1日で243万のニューヨーク)、戦争参加による市民権の獲得、民間企業の戦争派遣事業による学生リクルート。

国民が人でなくなり「部品」となり交換可能な消耗品となった世界がアメリカであろう。生きるという言葉は「金」で代替可能なのである国。
金や技術でない所に生きる答えを見つけ出さないと日本も同じ道を辿るのであろう。
もちろん、金の使い方次第、技術の利用方法次第で流れは大きく変化するのだけれど。

ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版 1112)

ある意味正しい

asahi.com(朝日新聞社):排出量取引でCO2削減「ほとんど幻想」 電事連会長 - ビジネス
市場経済という文脈の中でのCO2削減は確かに無理があると思う。さらに言えば技術論での削減などは妄想だと思う。一番重要な事は経済でも技術でもないところにあることを皆知りながら口に出せないのだろう。そこに「裸の王様」が平気に歩いているのに。
たかが経済とまずはつぶやける人間においらはなりたい。

今朝の庭

去年ホームセンターで買った紫陽花を地面に戻しておいたら、買った時以上に沢山の花を咲かせてくれました。
同じくヤフオクで昨年かった山紫陽花(くれない)も可憐な花を。
そしてバラ達です。

バラを少し挿し木にしてみましたがどうなる事やら。

鎌倉のお寺さんの紫陽花も見事ですが、一木でポツリと咲く紫陽花の方がおいらは好きだな。

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タバコ1000円議論

国会議員さんらが真剣に考えているという。
取れるところから税金を取ろうというのだろう。

おいらはチェーンスモーカーであったが今は吸わない。

タバコの煙も今は嫌いだし、路上喫煙している奴を見ると肺がんに成るように祈る訳である。

されど、タバコと言う文化はあって良いと思っている。

国が専売制と言う枠組みを作り出し、JTが御用研究者を抱えてタバコの害を過小評価してきた歴史に違和感を感じるのである。

単純に小市民は思うのであるが、汗水たらさないマネーゲーム参加者に課税すればいいじゃん。高級外車や別荘を持っている奴に課税すれば良いじゃん。

腰を曲げ、額に汗して仕事を終えた爺婆が一服する姿が消える方がおいらは嫌である。

若者のかかわる街づくり

先日山梨県早川町で行った内山節さんの会で知り合ったT大の院生が
ベトナムに2ヶ月程行くというので飲みましょうということに。

彼の研究室の教授はなんと母校の一年後輩だそうです。
まあ、そんな事はどうでも良いのですが、当日助手の方やらも誘って
知らない内に大きな宴会に(笑)
一次会はベトナム行きのNさんと二人で新宿のアサヒスーパードライ久々のビール(発泡酒とかでなく)おいしゅうございました。(ちと高いけど)
その後、2次会はなんと早川の美女お二人(総務省だかの講演会に参加)とW大の皆さん、さらには早川を愛する若手の方々などで総勢10名位か。
さらにその後3次会には人数が増えて15人位だろうか。
終電の関係もあり途中退席でありました。

雑穀に興味のある女性、民俗学や人類学に興味がある学生、社会人。
案外と限界集落などといわれる地域は志ある若者のためにあるのかも。
どぶろく特区、土葬特区などなど色んな方策を考えて自然と共生、共死する共同体の将来を俯瞰出来た思いである。

爺婆の技を受け継ぎ、生きるために食う人生を送ろうとする若者に幸多かれ。

多元性の中での多様性

秋葉原の事件のメディア報道を見ていて感じる。
魔女狩り的な偏狭さを。
すべての言葉に定義を与え、さらにそこに善悪の指標までも誘導する。
おたく、ゲーム、派遣社員、学歴、格差、ナイフ etc
そして、知らず知らずのうちに固定観念あるいは常識と化す。

比較することの無意味さは、多元的かつ多様な思想、思考から本来導き出されるはずであるが、きょうびの日常社会では完全にそのような態度は片隅に追いやられ、所謂勝ち組?のコメンテーターなどと言う職種の方々が声を大きく狭い自論を展開していく。

そして所謂情報の下流域にいる自分を含む多くの視聴者は、あまり考える事もせずに自分を事件の外に置いて何も変わる事なく忘却の海に漂う。

知る事より考える事だと自戒する。
確かにネット上にはタダで手に入る情報が溢れている、もちろん査読された一流といわれる論文もいまや無料で読める時代になりつつある。
しかし、生きるために食う人たちが書いた書籍に触れる事でしか得られない「知」が確実に存在するのではないだろうか。

今回の事件報道等を見ていて、食うために生きている人たちが妙に多いのではないかと感じた訳である。

内田さんの格差論

格差社会論(再録) (内田樹の研究室)
まだじっくり読んでませんが。最近内田さんの「ためらいの倫理学」を読み始め、ますます内田ワールドにはまりつつあります。

仏教的生き方入門 長田幸康 ソフトバンク新書 2007

本が好き!よりの献本

1965年生まれ、早稲田理工卒の長田さんのチベット仏教早分かり本。
期待して以上の内容でした。
宗教とか信仰と言うモノに、とかく神話的かつ経典理解を強制するような響きを自分は感じていたのですが、チベットに住む多くの人々の生き方は自然のままに生きる(まさに仏教のの基本)態度なんだと解りました。そして祈りや修行もあるわけですがそれが生活の一部であり人生の全てでもあるようです。おそらくそんなチベットに長田さんは魅せられてしまったのでしょう。いくつか自分の人生に留めておきたい文章を記しておきます。チベット人が語ったとして記されている。そして基本は
心の平安がいつまでもつづくこと
すべての命あるものが幸せに生きられること

「輪廻を信じる人は信じればいいし、信じない人は信じなくても、人生にとってとくに差し支えはないだろう。でも、不思議な縁や、説明のつかない偶然が起こるのは事実。輪廻があろからそういったことが起こるのだと考えてもいいと思う」「人生なんて一度きり。一人のひとりは別々の存在」−−−そう考えるよりも「魂は永遠に生まれ変わり、だれもが互いに影響を及ぼしたり受けたりしながら生きている」と考えたほうが、人間、だれもがやさしくなれるのではないだろうか。p88
憎しみについて
「いくら憎いと思っても、それは自分の心の中だけのことで、相手には決して届かない。言葉に出して罵倒したところで、役には立たない。憎しみが大きければ大きいほど、自分が苦しむだけで、相手には何の影響も及ばさないんだ。憎しみが沸き上がるたびにそう考えるようにしたら、だんだん冷静になってきた」p142
「もし自分たちの国が戻ってきたとしても、動物も殺せないチベット人は軍隊なんて持つことはできない。インドと中国、両方の文化を受け入れて、両方の国をリスペクトできるチベットにふさわしいのは、軍隊を持たない永世中立国。「第三の極地」と呼ばれるぐらいだから、だれのものでもない人類共通の遺産にしてほしい」p203

下記の点だけは問題があると思う。人が人を差別するという源泉がもしかしたら仏教思想の中に潜んでいるのかもしれないと。
職業に貴賎無しが正しい思想ではないだろうか。

お釈迦さまの時代の肉食のルール「自分が殺していない」「殺されるところを見ていない」「自分のために殺されたことを知らない」−−以上の条件を満たした「三種の浄肉」ならたべてよい。p126




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書評/宗教・哲学

Profile
鎌倉おやじ
趣味:イワナに遊んでもらう、菜園、読書、焚き火、ランタン

愛読人:内山節、池田晶子、養老孟司、山本素石、高桑信一、相田みつを、宮本常一、網野善彦、野田知佑、南木佳士、川上健一 佐藤優 内田樹(順不同)

夢:晴釣雨読で自給自足、在来魚保護 (最近釣りにはそれほど熱中してません、年のせいでしょうか)
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