おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

2007年04月

アフリカを愛する人

asahi.com:日本記者クラブ賞に朝日新聞の松本編集委員ら - 社会
ナイロビに支局があったと思う。何度かナイロビには調査でお邪魔し、岸田さんご夫妻に御世話になった。若気のいたりで、言いたい事ばかりをきっと飲んだ勢いで叫んでいたにも関わらずナイロビに居た日本人の皆さんは暖かくフォローしてくれた。そんな時に確か松本さんのご家族と食事をする機会があり、奥様や岸田さんに色々とアフリカの状況を教えてもらった記憶がある。1980年代中頃だったと思う。ケニアがもっとも安全で楽しい時期だったのかもしれない。松本さんはその後何冊かアフリカの本を書かれている。「沈まぬ太陽」の主人公である小倉さんも当時ナイロビにいたと記憶している。受賞おめでとうございます。
アフリカを食べる
アフリカで寝る

アントワープ動物園

CNN.co.jp : 「チンパンジーを見つめないで」 ベルギーの動物園が注意 - サイエンス
大好きな動物園の一つ。その他の施設も見ることが出来る年間家族パスを滞在時は持っていました。海外出張等の時は時間があれば動物園を訪ねる事にしているのですが、動物を見る以上に動物を見に来ている人たちを見るのが楽しいです。アメリカが大嫌いですが、サンディエゴの動物園だけは死ぬまでに見てみたい(笑)ちなみにガーナにもアクラとクマシそれぞれ動物園があります。スイスのチューリッヒ動物園も中々良かったです。

アメリカは民族浄化を狙っているのか

バグダッドで連続爆弾事件、200人近く死亡|Reuters.co.jp
アメリカのイラク進攻が無ければ、少なくとも現状の内戦状態はない。もちろん、サダムフセインのクルド人虐殺などは到底許されるものではないが。死の商人達が支えるアメリカという国は日本の同盟国なのですよね。

時間かかりすぎ

asahi.com:緑資源機構の官製談合、19日にも強制調査 公取委 - 社会
去年から騒がれているにも係らず、やっと腰を上げたように見えます。水面下で色々とあった事は容易に想像がつきます。農水のデカイ予算も実は身内にばら撒かれている訳ですね。要らない堰堤、いらない林道、無駄な舗装工事など。本当に必要なモノを現場を良く知る企業に発注すれば、税金の無駄使いは無くなると思いますがね。緑資源機構と○力団との違いは何処にあるのだろうか?と考えてみる。農水だけじゃないよな!

否 なのである

とある研究予算申請。

最近論文書いてないのでしょうがないのですが。。。。
でも、行政的評価が高いのはちと嬉しい。
いつも大きな夢物語を書いているので、本来はサイエンスでの評価だと思っているのですが、行政分野の方が夢を理解してくれているのかな(笑)

画像は相田みつをの「夢」 そして否採択書類通知書。

JSさん、元ダラスの男さん、コメントを待つ(笑)夢否採択

銃社会の現実

asahi.com:米乱射容疑者、学内で孤立 犯罪歴なく銃審査パス - 国際
大学生が簡単に銃を購入できる環境、未だネイティブアメリカンを殺戮しまくって現在の国家を作り上げたアメリカがそこにある。銃無くして平和と言う環境を作り出せない世界一の経済大国 この問題は韓国人云々ではない。アメリカというコンテクストの中の問題だ。

鏡面としての長崎

市長射殺。政治的暗殺ではないのでしょう。
詳細は分かりませんが政治的と言うよりは私怨なのでしょうか。

それにしても、仕事を貰えないから、と言うのが本当であれば、日本の
民意は非常にある意味健全(誤解を恐れずに言うのであれば)。

銃というモノが人を死に至らしめるという文脈はだんだん薄れているのだろうか?
今回の長崎の事件は59歳、ゲーム世代ではない。
アメリカの例はまさにテレビゲーム世代。安易な評価は出来ないが、リセットできるテレビゲームが脳(精神)に与える影響は十分に研究されなければいけない。
池田晶子さんは、自著の中で、テレビゲームは子供から遠ざけるべきであると書いていたと思う。
殺人ゲームや暴力を伴うゲームが与える影響(単にゲーム脳などとは言わないが)を真剣に考えた方がよい。

銃乱射 アメリカの現実

イラクでは毎日のように自爆テロや内乱に近い状況が続いている。
そうして沢山のイラク人が死んでいる。
そうして殺された人の親族はアメリカ人と同じように教会で祈りを捧げるのだろう。

30数人が死んで、多くのメディアがトップニュースでその事件を報じている。
人の命の価値がどうもアメリカとイラクは違うようである。

「こうすれば、ああなる」と言う自然の流れに逆らう社会の中で生きている我々は何のために「銃」を作り続けるのか?
こんなアメリカの方ばかり向いている日本をアジアの同胞はどのように見ているのか?もちろんヨーロッパやアフリカの同胞も。

亡くなられた方のご冥福を祈る。
されど、アメリカと言う文脈の中ではなんら言葉を見出せない。

名湯になるでしょう

先日訪れた実家近くの源泉掛け流し温泉。白山温泉 韮崎。

是非皆様も!
ほんとうに疲れが抜けます。

決して温泉の回し者ではありません(笑)

個人的山梨3大源泉掛け流し湯 優劣は無し 順不同

湯島の湯 早川町
増富の湯 北杜市
白山温泉

茂木さんもいよいよ「笑っていいとも」デビュー(笑)

茂木さんは実は替え玉が居るのではないかと思うほど活動量が多い。
見て、聞いて、考えて、書く。基本的な事を実に着実にかつ迅速に行っているように思えてならない。
「総合知」はこんなところから生まれるのかな。

ちなみに明日の笑っていいともだそうです

41歳からの哲学 池田晶子 新潮社 2004

図書館本
副題:考えることに、手遅れはない。

週刊新潮に連載された「死に方上手」の単行本化
「14歳からの哲学」を読んだら、次はこれでした。
週刊誌の連載ですから時節の話題やある程度うけ狙いもありますが、ピリッとスパイスが効いている料理のようです。特に養老先生の「バカの壁」の読み解きは面白い。
いずれにしても、考える事なくして人間で有り続ける意味がないのだと再認識。
今頃は天国で「考える」快楽を貪っているのでしょう。合掌

備忘録として。
おそらく、多くの人は、人生の価値を生活の安定に求めているだろう。「先が見えない不安」とは、人々の口癖である。しかし、人生の先が見えないのは、当たり前のことである。そんなのは今に始まったことではない。人は、生まれた限り、死ぬものであり、その間にいろんな目に遭う。それが人生というものである。 中略 人生の価値は、生活の安定や生命の保証にあると思っていると、その事自体で、人は萎えてくるように思う。倒産から脳梗塞まで、人生にはいろいろあるのが当たり前だからである。むろん、それはそれで本当に大変なことである。けれども、そんな大変なことどもを、どれだけ萎えずに生き抜くことができたか、それこそが人生の価値なのだ。そう思った方が、逆に生き易いような気がする。 p44
人生の快楽を追求するより先に、そも人生とは何かを追求する方が先だろう。快楽だけなら、サルだって知っている。なにゆえに快楽なのかを考えるから人間なのである。しかい、きょうび「考える」なとど言って、その意味すら理解しないサル化人類が大量に出現している。携帯でテレビを観るサルである。サルは自分がサルであることを自覚していない。「自覚する」とは、精神を所有する人間にのみ可能な行為だからである。「一億総白痴化」とは、テレビ文化創成期にその本質を看破した大宅壮一氏の言だが、その氏とて、人がここまでサル化することを見抜いていただろうか。 P53 地上デジタル放送に関してのコメント
言葉なんて、タダだし、誰でも使えるし、その中は言葉だらけだし、なんでそんなものが価値などと、人は言うだろう。しかし、違う。言葉は交換価値なのではなくて、価値そのものなのだ。相対的な価値ではなくて、絶対的な価値なのだ。誰でも使えるタダのものだからこそ、言葉は人間の価値なのだ。安い言葉が安い人間を示すのは、誰もが直感している人の世の真実である。安い言葉は安い人間を示し、正しい言葉は正しい人間を示す。それなら、言葉とは、価値そのもの、その言葉を話すその人間の価値を、明々白々示すものではないか。p67
わざわざ大変なことをしたいとは思わない。しかし、楽でいることによって馬鹿になりたいと思わない。馬鹿にならずに、賢くなりたいと思う。だから私は本を読む。人間が賢くなるためには、本、すなわち言葉を読むことが一番だからである。p75
養老孟司の『バカの壁』がよく売れている。私も読んでみた。いつも通りに面白い。言われていることはいつも同じなのに、中略 養老氏の言説は、いつも、それ自体がからくり構造になっているということに注意しなければならない。すべては脳から説明できる。社会も世界も脳が作り出したものだからだ。しかし、社会や世界を作りだしたその脳は、人間が作り出したものではない。それは自然が作ったものだ。自然は人間の理解を超えている。わかってわかるわけがない。「脳」という前提は、説明のためのトリックである。これに気がつかなければ、我々はいつまでも、氏の言説に騙されたままである。当該書の中でも書いている。中略 まあ、誤解も理解のひとつだと言えば、言えなくはない。バカの壁は、とにかく厚い。それなら、これを突破するものは何か。決まっている。脳に磨がれた知恵の槍である。p88
じっさい、老いることは、これを否定しさえしなければ、きわめて豊かな経験なのである。四十を過ぎて、私はこのことを実感する。何というのか、この玄妙な味わい、人生の無意味もまた意味のうち、意味でも無意味でもない在ることそのもの、存在と時間、時間の時熱。自身の人生として味わえる成熟である。この味わい、この思想が、何ともおいしいのである。飽きないのである。ここまま六十、七十の歳を迎えるものなら、どのような思索の深みに遊べるものか、ワクワクするところである。人生の快楽は、快楽としてむろんある。だからこそ人として生まれて、この快楽を知らずに死ぬのはもったいない。金もかからない。中高年の皆さん、考えることなら、今すぐ始められますよ! p115
私は、仏教の中でも、禅というあの変てこな超宗教には、体質的に似たものを覚えるのだが、古神道は、ある意味で、あれに近いのではなかろうか。宗教学的定義は知らないが、教祖も教養ももたないあのようなありようも、やはり宗教と呼ぶのだろうか。だとしたら、わが国に古神道とは、なんと自在でいい加減な宗教だろう。そこが私などには、信頼できるのである。 p161

41歳からの哲学

氷山の一角、トカゲの尻尾切りでなければよいが

asahi.com:東電・塩原発電所の水利使用許可を取り消しへ 国交省 - 社会
都合の良いようにデータを改ざん、余分に水を取る。なぜ逮捕者が出ないのでしょう? 犯罪でしょう。犯罪。

上海の中国人

先週の金曜日夜、たまたまNHKを見ていた。
上海の巨大バスターミナルの帰省ラッシュを追うドキュメントであった
多くの出稼ぎ労働者が上海で働いている。

カメラが捉えた顔が皆良い。一般人の顔がここにあるのだろう。
徳山村の沈み行く村人の顔となんら違いが見つけられない。

ちょうど、昨年亡くなった上海総領事の方の本を読んでいるのだが、中国の脆弱性ととてつもない将来性を綿々と書かれている。都会人と農民では戸籍の種類が違うという。

そんな中国、上海で出稼ぎ労働者が生き生きとした顔で帰省していく、弱肉強食の中に相互扶助が見えた。

おそらく公安がべったり取材陣に付いていたのだろうが、かなり自由に取材しているようでもあった。

職業に貴賎なし、人類に国境などいらない。そんな感想を持った良い番組であった。

峡北の渓

信州の渓がまだイワナ君がお目覚めでないので、おいらの行き付けの里川にちょっと寄る。稚魚放流が多いせいか、知人は無数に釣っていた。
おいらは大きなドライで何匹か遊んでもらい満足。
やはりこちらも渇水。

その後、実家近くの白山温泉に始めて入湯。いや〜良い。
地元ビイキではありませんが、もうポカポカ。
大人600円。露天風呂あり。昼だと風呂から雄大な山々が見えるはず。
ちなみにここは北里研究所理事長の大村先生が作られた施設。
現在隣に美術館建設中です。

増富温泉も凄く良いのですが、家からの近さは断然こちら。大門チビッコ









白山

ウエーディングシューズ

0279d08a.jpgヤフオクで安く購入したシューズ。
今回、30分でフェルトが剥がれ落ちました。トホホ
お気楽渓だったから良かったけど、いつもの岐阜だったらと思うと。。。
皆さんも安いモノには注意しましょう。(笑)

ラバーソウルの渓流シューズは良いのですが、いくらか慣れが必要ですね。
その慣れが分かれば、使い勝手は良いのでしょう。
でも、ぬめがあったりコケが多い渓では矢張りフェルトですね。
高くても秀山荘あたりで購入します。

早春の渓

知人に信州の早春の渓を案内してもらった。
さすがにドライフライには反応はなく、沈めてみたものの、直ぐに飽きる(笑)今回は助手席を暖めていたので、アルコールなのである。
ホットウイスキーなど作り、サウンドスケープとラウンドスケープの両方を楽しむ。当然心的風景(マインドスケープ)は最高である。入渓早春








ほっと

景観を考える

2bff7cd6.JPG23歳から6年近く過ごした場所。
今は正面玄関前に地下鉄の駅まで出来ている。
打ち合わせで久々に訪問。
当時はこの1号館の裏にビルなどは無かった。
経済効率重視なのだろうか?無機質なビルが建つ。同じ敷地なのに。

唯一の救いは、当時も毎年お花見をした大きな桜の木が今も
根をおろしていることだった。

代理出産問題

どうしても子供が欲しいのは分かる。
されど、ちょっと考えてみた。
生まれる前から、今回の問題は想定されていたはず。

お金の無い人は代理出産すら出来ない。

養子縁組で実子として多くの子供たちが幸せに暮らしている。
遺伝子の繋がりだけが親子関係ではないことは、夜這いが普通に
あった時代から共同体社会として認知されていたはずである。

サル社会においても、ボスザルの子供だと思っていたら実ははぐれオスの
子供である事が分子生物学の進歩で分かるようになった。

生殖、出産という文脈に科学を介在することに若干の疑問を持ち始めた。
ますます、人体が自然から離れていき、「こうすれば、ああなる」的な
脳化社会を益々強固にする。

同好の宴会

2e03a815.JPG11日の夜。
タイから韓国人家族が来日。奥さんとお子さんは初めての来日。
なんとお泊りはマンダリンオリエンタル東京。
おいらは一生泊まれないと思う(笑)
ご主人のご招待により、水生昆虫の大家ご夫妻(北海道で釣り人の彼をご自宅でもてなした事もある)とおいら(単に北海道で釣りを一緒にしただけ)が参加。
イタリアンレストランのビュッヘ形式なのだが、品が良い。イタリアワインも2本開け、四方山話に花が咲く。

12日は高級日本旅館に滞在し、13日は少しだけ養沢あたりで釣りをして韓国経由でタイに戻るとの事。ちなみに釣り人の彼は韓国に少し滞在して釣りなんだそうだ。羨ましい。

画像は水生昆虫の大家とおいら。著作が6冊もある。さらにフライフィッシャー。

う〜〜ん移転ですか。。。甲府市立動物園(甲府市太田町)

山梨 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
おいらが獣医になろうと思ったのはおそらく幼稚園の隣がこの動物園だったからだと思う。特に象舎が幼稚園に近く、よく象の雄叫び?が聞こえたものだ。確かに敷地も狭いし、駐車場も少ないのだけれど、沢山の動物が居た。今思うと狭いオリの中でライオンなんかは可哀想でもある。小動物だけ残し、大動物は郊外にお引越しなんてのも良いかもしれませんね。動物を通じて学ぶ事は多々あるわけで、同じ動物種として真剣に考えてあげて欲しいと思う。よくよく考えると、幼稚園の園服着て動物園にいる写真がやたらに多かったように記憶しています。良い幼稚園でありました。一蓮寺幼稚園。

音を考える

箕浦先生のサウンドスケープに感化され、考えている。

写真で風景は2次元化できる。
音は録音により収録出来る。

画像を見たときの脳波は電気刺激として記録出来る。
音を聞いた時の脳波は同じく電気刺激として記録出来る。

サイエンスとは極力単純化して物事を考える事であるのだが、心脳問題は当分の間答えが出ないし単純化出来ないであろう。

風景の中にいる個人、あるいは集団が聞く音を録音することは出来る。そして脳波も計る事は可能であろう。しかしそこから導かれるサイエンスはどれほどのモノであるのか?
音が作り出す民俗。それはサイエンスでは導き出せないであろう。

ふと浮かんだのである。釣り人として。
視覚-風景-森 landscape
聴覚-音-瀬音-風 soundscape
味覚-岩魚の刺身 tastescape
嗅覚-渓の匂い、森の匂い smelling-scape
触覚-森の柔らかさ、釣竿の振るえ tactilescape

なんてどうでしょう?単なる思い付き。
この5感全てを同時にサイエンス出来れば100ノーベルだな(笑)

サウンドスケープ

箕浦先生のブログで「音」がクオリアであるのか質問してみた。
茂木健一郎さんは、確か電車に乗っているときの走行音を聞いてクオリアを認知したと記憶している。箕浦先生はおそらくメインに「自然」が作り出す音を研究のテーマにしているように思う(間違っていたらすいません)。
そんな専門家に無謀にも質問してみた
丁寧なコメントをいただき、なるほどという点が多々。

お礼の意味で下記をコメントさせていただいた。

箕浦先生
丁寧なご説明ありがとうございます。
先生のご指摘のように、自分もサイエンスに捉われない「音」の議論は非常に重要な点だと思います。茂木さんや養老さんが良く言う「心脳問題(物質である脳がが心を作り出すこと)」がまさに「音」にも関係するように思えてなりません。
クラシック音楽が未だ人々に愛され、琴や三味線の音色が日本人の心(精神?)を打ちます。都会の雑踏もある人には心地よい響きであり、またある人では不快でもあります。
「個」が感じる「音」、集団が感じる「音」、そして歴史の中で育まれてきた作り出された音、自然の音。
「音」が「個」と「集団」をどのように結びつけたり、あるいは距離を持たせるのか興味あるところです。それは自然界の音と人が作り出す音を考える事で少しは理解できるのでしょうか。
山村の方の自然の音の捉え方と都市部の方の自然の音の捉え方にも興味があります。
さらに、ある種の軍歌などのように、集団形成を促すような心理的影響を及ぼすような「音」の危険性も感じます。(この場合はサウンドスケープではないかもしれませんが)

門外漢のためうまく書けているとは思いませんが、「音」の重要性は先生のサウンドスケープ論で再認識した次第です。

ちなみに「心脳問題」は茂木さん的には100ノーベル(ノーベル賞100個分)といつもおっしゃってます。(講演のMP3等で)まったく同感です(笑)

軟弱ものである

昨日は結局休んでしまった。
咳、鼻水、関節痛とヘロヘロであった。
何年かに一度は風邪をひくのだが、体力が落ちてきて、安易な生活をしているからだろう。

今晩はタイに住む韓国人の釣り友達(以前北海道で同行した)が家族で東京に来るとのことで夕食に招待されているので、早いところ風邪を治したい。

庭の花シリーズ

桃、スイセン、インカのめぐみ

桃は接木のものを買って植えたのであるが、側木の方がどんどん大きくなるのですが、切った方がよいのかな。。。調べても良く分からない。。。ももスイセン








インカ

馬鹿は風邪ひかないはずなのに。。

朝から、鼻水はダラダラ、咳はでるは。。。トホホ
幸い熱がないのでなんとかなっておりますが。

結構風邪が流行っているそうです。
クラリスとロキソニンを飲んでますが、変化なし。

フェロモックスは最近急性肝炎の発症が認められる例があるそうで
処方してないとのこと。

皆様もご自愛ください。

ひたすら肉体労働

土日はひたすら体を動かしておりました。
高校時代の強行遠足に次ぐくらいの体力使ったかな(笑)

体中が痛い。。

インカのめざめも無事に芽を出し、収穫が楽しみ。
芽かきをしなければいけないのですが、どうしても、可愛そうになり
少な目の芽かきでございました。(笑)
早く美味しい御芋が食べたいぞっと。

国家の崩壊 佐藤優 宮崎学 にんげん出版 2006

図書館本

宮崎氏が主催する研究会での佐藤さんの数回にわたる講演の記録。

ソ連崩壊を自らの目でみた佐藤さんの考察は興味深いし、種々な民族、宗教が入り混じる国家の歴史が生き生きとと描かれている。
しかし、最終的に、○○人であるアイデンティティー、○○宗教を背景に持つといった括りでしか歴史が流れないのか?という疑問が浮かぶ。そんな枠を超えた世界平和を目指す外交はありえないのか?

スポーツ組というマフィアの存在があるそうだ、エリチィンもプーチンも繋がっているような記述があります。怖いですね。暗殺が日常起こることも最近のジャーナリスト暗殺や元KGBのロンドンでの殺害もこのスポーツ組なんでしょうか?

でも一般人は非常にフランクであり、働き者であり家族愛に満ちていると佐藤氏は述べています。おそらく、これは世界中同じなのでしょう。常民の姿は世界共通。

「ソ連が嘘で塗り固められたロクでもない国家であったということは間違いない。しかし、国家の崩壊によって、ロシア人、ウクライナ人、リトアニア人、アゼルバイジャン人など、ソ連領域で生活していた一人ひとりの悲惨な物語を目のあたりにして、私は国家は悪であるが必要だとの確信を抱くようになった。私はこのときから国家主義者になったのである。ただし、私は個人的体験に基づく国家主義を他人に押し付けようと思ったことはない。あのクーデター未遂事件後、私は役人として上司におもねることを止め、国益のために自分が正しいと信じることは、官僚組織から煙たがられても素直に言う事にした」

「完全なエスニッククレンジング(民族浄化)が行われて、一人も相手の民族がいなくなったが故に、それと同時に民族問題が「解決」したんです。」

なるほど。でも虚しい。

国家の崩壊

半農半X(エックス)

朝日新聞に出ておりました。
生き方として非常に興味があるというか、こうありたい。
自分の食べるものを自分でなるべく作り、残りの時間で稼ぎを得る。
Xの部分が自分でお金を得る部分である。

子供が大きくなったら、すぐにでも始めたい。今でも良いのだが(笑)
電気ガス水道も最低限の使用量でよいし。車も基本的には乗らなければよいし。

内山節 戦争という仕事より
18世紀後半のフランスの経済学者ケネーは、農業だけは富を増加させていると主張した。それは農業には自然の生産力が加わっている。彼は社会の富の総量は自然の生産力によってもたらされた以上にはふえないと考えた。p82

富の総量はいくら技術革新があろうが、おそらく、自然が与えてくれる以上のものにはなりえない。

それでは幸福という観念の総量も同じではないだろうか?

便利になることは進歩であるのか、あるいは発展であるのか?
誰か教えてください。

漂泊の民 サンカ

宮本常一さんや網野善彦さんの本を読むとどうしても差別の問題が出てくる。その中で昭和30年代まで箕作りなどを生業としていた民がいたという。少し本を読んでみているのだが、なかなか難しい。

どうして、同じ人間が差別と言う行為に走るのか?人間の業なのか?それとも。。。

ほぼ読み終わった本

サンカ社会の研究      三角寛 母念寺出版 昭和40年
サンカの真実 三角寛の虚構 筒井功 文春新書 2006
サンカと三角寛       礫川全次  平凡新書 2005
サンカ研究         田中勝也  新泉社  1987
漂泊民 山窩の謎      佐治芳彦 新国民社 昭和57年
サンカ・廻游する職能民たち 飯尾恭之  2005
幻の漂泊民・サンカ     沖浦和光 文藝春秋 2001

このほかにこれは読めと言う書があればご指摘ください。
これらの本には柳田國男氏の「イタカ及びサンカ」は多々引用されております。

よ〜〜く考えよう

asahi.com:花粉少ないスギに植え替え 農水省、花粉症対策加速化 - 暮らし
花粉症でスギ花粉が原因になっていることは事実だろう。しかし、スギは昔からありました。でもスギ花粉症は無かったと考えられています。それがなぜか? 衛生仮説という考え方があります。新生児期に不衛生な環境で育った方が花粉症にならないというものです。一部に関しては免疫学的にTh1/Th2バランスで説明が付くようです。
花粉の少ないスギに植え替える事がはたして必要なのか。。。。農水の予算獲得手段と読むのは裏読みすぎか??
Profile
鎌倉おやじ
趣味:イワナに遊んでもらう、菜園、読書、焚き火、ランタン

愛読人:内山節、池田晶子、養老孟司、山本素石、高桑信一、相田みつを、宮本常一、網野善彦、野田知佑、南木佳士、川上健一 佐藤優 内田樹(順不同)

夢:晴釣雨読で自給自足、在来魚保護 (最近釣りにはそれほど熱中してません、年のせいでしょうか)
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