おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

リニア新幹線建設に反対します!

(当分この記事をトップに置きます。毎日のブログネタは下の方で更新されていますので、よろしく


ICT甲府さんのブログが山梨県内の動きをまとめておられます。経済効果等の報道発表されたシミレーションがいかにデタラメかご覧ください。ちなみにこのシミレーションを提出したのはJR東海に資金融資している銀行の下部組織のコンサルタントということらしいです。

断層を横切るんですね
山梨県のHPにも断層の地図があります。
これはあくまでも国の調査に基づく地図であり、原発建設反対訴訟において多々明らかになる「実は断層がありました」的な隠蔽にも気をつけなければいけません。

リニアの駅はJRが作ってやるから、おまえら県別でしっかりしろというプレスリリース。pdfです
いったいJRって何様? 環境評価方法書がよほど不備があり、このままだと着工不能だと認識したのでしょうか。
札束で横っ面を叩いて県知事を働かせるわけだ。実に素晴らしい経営戦略ですね。
そして利用者負担で運賃を取る。もしかして原発・電力と同じ総括原価方式ですか?
2011年11月21日夜追記


まさかと思っていましたが、天皇陛下からいただいた大切な森(恩賜林)にリニアを通すようですね。
恩賜林という言葉は山梨県だけにあるそうです(僕らは子供の頃から聞いているので、全国にも同じような森があるとばかり思っていましたが)。

今年は陛下より御下賜されてから100年の記念事業もあるとの事ですが、、、、
陛下が良しと言われているのでしょうか?

また下記の環境影響評価方法書の内容の杜撰さが各県で問題になっているとの報道があります。
山梨には重要な魚類は居ないんだそうです。本当ですか?在来魚保護に危機感を行政も持っているはずじゃないですか?ヤマトイワナは絶滅しても良いんですか?


中央新幹線(東京都・名古屋市間)環境影響評価方法書(平成23年9月)

8月26日の長野県環境部による意見書。pdfです。
これはJR東海のリニア環境配慮書に対する意見募集に対して行ったものです。

長野県大鹿村の意見書です。pdfです。

トンネルの片方のサイドである大滝村は意見書が出ましたが、もう片方の
山梨県早川町は何も出してないのかな?
ご存じの方ご教示ください。

山梨県立大学の伊藤洋学長のリスク方程式という記事です。
正、続 とあります。
論理的です。是非じっくりとお読みくだされば幸いです。

さらに続々と記事を書いておられます。どうぞ多くの皆さん読んでみてください。
リニアとお猿の電車とは違うんですよ。
6月22日
http://blogs.yahoo.co.jp/kendaigakucho/20328674.html
6月23日
http://blogs.yahoo.co.jp/kendaigakucho/20337364.html
6月24日
http://blogs.yahoo.co.jp/kendaigakucho/20345954.html


2011年7月18日(祝)に相模原でシンポジウムがあるそうです。ここには駅のために2200億が使われるそうですが。。。。
20110718リニア_ページ_120110718リニア_ページ_2




積極的にリニア新幹線の問題を環境というテキストでブログにされている方もいます。こちら。


また山梨県北杜市のブロガーの皆さんのご意見が数日にわたりコメントされています。(6月13日から18日のブログ)
皆さん、真剣に考えていただきありがとうございます。

以上2011年6月21日追記

リニア計画の最終答申案が出され、今パブコメがされています。
答申案は以下のアドレスです。48ページありますので少し重いです。
http://www.mlit.go.jp/common/000142571.pdf

5月5日まで(この日程もなんだかなですが)パブコメが募集されています。是非、賛成、反対、ご自身の意見や不安を書かれてみてはいかがでしょうか。何処かの発電所みたいに、事が起きてからでは遅いと言うことは歴史が証明しています。

パブコメの結果です。まったく答申に反映していません。

誰のための計画なのでしょうか?
将来の需要があるのでしょうか?
未来を担う子供達にこれ以上借金や環境破壊を先送りにしないためにも。


リニア計画ほど不確定要因が多く、多くの困難とリスク(経済的、技術的、環境的)を抱えたプロジェクトは、世界中探してもまず存在しない

コンコルドの轍を踏まないためにも。

必要か、リニア新幹線
必要か、リニア新幹線
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不公平の無い様にJR東海のリニア関連ページもリンクしておきます。

バイパスは結構ですが、リニアである必要性は無いし、一県一駅のハブ機能も見えない。そんなに急いで日本国内を動く必要性が見えない。

リニア市民ネットはこちら。
みどり・山梨
川村先生関連のリンク
別記事

笹川陽平さんとリニアの関係 金丸さんも登場
笹川さんのハンセン病撲滅計画には頭が下がるが、リニアに関してはダメですね。やはり感染症と科学技術は違うと思う。

山梨県のリニア関連
本当に山梨県のためになると信じているのかね?
信じる者は救われないと思うよ。

リニア中央新幹線建設促進期成同盟会 のページ
通過する県の誰が得をするのでしょうか?県民の皆さんは未来の子供達の事を考えて目先のニンジンを食べない方が良いと思います。

鉄道ジャーナリストで鉄道をこよなく愛する人もリニアを疑問視しています。(第4章等)
鉄道の未来学 (角川oneテーマ21)
鉄道の未来学 (角川oneテーマ21)
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淡水魚を守る 木村英造(紀村 落釣)という人

この文章が最初になるように時間設定をしております。なので新しい文章はこの下にあります。(更新して無いじゃんとの指摘を受けました(笑)

幾つかのグループや大学の研究室、公的機関で細々と在来魚の保護のための飼育や渓流保護活動が行われている。
もう一度、木村英造先生が主宰したような団体が出来ないものだろうかと思う。木村先生がお元気なうちに。
リンクしている淡水魚の窓の「平成17年度下半期のご報告」にもありますが木村先生,高田先生が淀川のイタセンパラを守る活動をされています。是非、ご協力ください。
淡水魚の窓はこちら
一竿有縁の渓 根深誠 七つの森書館 2008 より

“木村英造と会う”(第4章 釣り旅の周辺、月刊「弘前」2000年10月号加筆)での根深さんと木村さんの会話が印象深い。山本素石の事、淀川下流域の絶滅寸前のイタセンパラの事、そして木村さんが淡水魚保護協会を解散し引退してから、自らパソコンを練習しホームページを開設してイタセンパラを守ろうとしていること。木村さんが根深さんに言う「ホームページなら1人でもやれる。これが人生最後の闘いになるだろう。もう長くはない。できれば、その間にもう一度君に会いたいな。君は無理をするな、ともかく70歳まで生きろ、そうすればまとまった仕事が出来る」

最近松下竜一氏の本を何冊か読んで、木村英造さんは松下竜一さんような心と魂を持っているのだと再確認した。上手く書けないが、筋が通っているのである。(2010年1月1日 追記)

高田 昌彦さんの木村さん紹介

2007年10月発行 淀川のシンボルフィッシュ イタセンパラ
購入はこちらから

イタセンパラ












協会木村






木村先生木村英造―淡水魚にかける夢

愛をもて 渓魚を語れ


淡水魚の放流に関する記事
生物多様性の保全をめざした魚類の放流ガイドライン
個人的にお勧めな釣りと自然関連本をまとめてみました

おやじのお薦め書籍や森、自然、釣りなどに関して読んだ本をアマゾンを使ってまとめてみました。

焚き火しませんか?

この文章が二番目に来るように日時の設定を行っております。

趣味と言うか、なぜか焚き火が好きです。


食のクオリア 茂木健一郎 2003 より
贅沢の象徴としてのたき火
たき火は私たちが失ってしまったものの象徴であり、食べ物が単なる栄養物にとどまらず、私たちの魂の成分を変えてしまうような形而上学上のマテリアルであることを、もう一度思い起こさせてくれる縁(よすが)なのである。
都会人よ、文明を発達させてしまったことで自らに閉ざされてしまった快楽の数々を思い、戦慄せよ!
 20070527追記

南木佳士さんの「臆病な医者」より。

悩んだら脳ではなくて身体に聞け。幼い日に感じた薪の火のぬくもり、私はいま、身体全部であの穏やかな熱をあびたい。脳ではなく、身体でやすらぎたいのである。

火を焚きなさい 山尾三省: 人の本質と自然のかかわり


森や自然に関するお気に入り本を何冊かまとめてみました。その1
森と自然と環境その2

takibi焚き火大全
この本は持っているのですが、まだ殆ど読んでません。かなり薀蓄が語られているようです。

BE-PAL (ビーパル) 2009年 12月号 [雑誌]
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男の焚き火事典なんてのありました(笑)つい買ってしまった。

男の焚き火事典
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またビーパル(DVD付)
BEーPAL (ビーパル) 2011年 12月号 [雑誌]
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ちょっと古いが、凄いメンツがエッセイを書かれています。芦澤一洋さんら。
焚火の時間
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文庫版
焚火パーティへようこそ―「火」にとりつかれた16人の男たち (講談社プラスアルファ文庫)
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焚き火料理本 これも本山さん(焚火の時間の親分)
焚火料理大全
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文庫もあるよ
図解 焚火料理大全 (新潮文庫)
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低位推計では、総人口が7997万人 リニア

将来推計人口:2048年に1億人割る 超高齢化が進行 - 毎日jp(毎日新聞)


こういう将来が来るんですよ、それでも大型公共事業だのリニア新幹線が必要だと考えるのかな?

総人口が減っても、生産年齢人口が減らなければ良いのですが、その逆で超高齢者ばかり増える社会。
これは日本も世界もこれまで経験したことがないはずです(戦争等の短期間を除いて)。

若い日本人が働きたいと思う?
税金だけ取られて、一部の金持ちが優雅に暮らし、結婚は出来ない、子供なんかトンデモないという世界。

朝まで生テレビのバカな学者どもより、橋下市長の方がよほど勉強していて説得力があった事を多くの若者は認識したはずです。はっきりとリセットと言えるリーダーを求めているのです。
けっしてそれはポピュリズムではなく、人間としての当たり前の要求なんだと思います。


将来推計人口:2048年に1億人割る 超高齢化が進行

2012年1月30日 11時13分 更新:1月30日 11時54分

 厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所は30日、2011〜60年の将来推計人口を公表した。10年に1億2806万人だった日本の総人口は、48年に1億人を割り、60年には今より3割減の8674万人になると予測している。推計の前提となる合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子どもの数に相当)は、60年に1.35になるとみて前回06年推計の1.26から上方修正したものの、60年には総人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)が4割に達し、超高齢化の進行に歯止めは掛かりそうにない。【山崎友記子】

 推計人口は10年の国勢調査に基づき算出した。最も可能性が高いとみる「中位」のほか、厳しく見積もった「低位」、その逆の「高位」の3推計を示した。60年の総人口8674万人は中位の数値。

 推計は昨年3月の東日本大震災の影響による「産み控え」などを考慮、11年末〜12年にかけて出生数が減り、12年には合計特殊出生率がごくわずか低下するとみているものの、13年以降への影響は小さいと判断している。

 今回、将来の同出生率を上方修正したのは06年以降実績が上昇基調に転じ、10年には1.39に回復したため。前回の06年推計は、基準の05年に過去最低の1.26に落ち込んだことを織り込み、前々回の02年推計を大幅に下方修正していた。ただ、長期的には若い世代の出生率が緩やかに低下する傾向は変わらないとみている。

 中位推計によると、40年代には総人口が毎年100万人単位で減っていく。1年間で和歌山県クラスの全人口が消失する計算だ。

 10年の実績と60年の推計値を年齢層別に比べると、0〜14歳は1684万人(総人口の13.1%)から791万人(同9.1%)、15〜64歳も8173万人(63.8%)から4418万人(50.9%)へほぼ半減。一方、65歳以上は2948万人(23.0%)から3464万人(39.9%)に増える。1人の高齢者を支える働き手の数は、10年の2.8人から1.3人に減る。

 平均寿命は、10年は男性79.64歳、女性86.39歳だったのが、60年には男性は84.19歳、女性は90.93歳に伸びる。

 このほか、高位推計は60年に出生率が1.60まで回復するとし、総人口を9460万人と予測する。逆に出生率が1.12まで下がるとみる低位推計では、総人口が7997万人となり8000万人を割り込むとしている。

 人口推計は国勢調査に合わせ、同研究所がおおむね5年に1度、公表している。

長野県 脱原発 リニア

asahi.com:脱原発へ県民集会 「生活変えよう」宣言-マイタウン長野


中馬清福・信濃毎日新聞社主筆がリニア新幹線に言及しています。

以下記事


福島第一原発の事故を受け、脱原発を訴える「サラバ原発・変えよう暮らし方」県民集会が28日、松本市の県松本文化会館であった。約700人が参加し、「誰かを必ず犠牲にしなくては生み出し得ない原発の電力に頼る生活は、もうやめよう」と宣言した。

 県民有志の呼びかけで発足した「サラバ原発・変えよう暮らし方」の会が主催。代表を務める民俗・日本思想史家の田中欣一氏は「地震と津波は自然災害だが、原発事故は人災であり、進歩を良しとしてきた文明災だ」と指摘。「日本人は今、精神の弛(たる)みから足を洗う時であり、それぞれの立場で生き方の哲学を問われている」と語った。
 続いて宮地良彦・元信州大学長と中馬清福・信濃毎日新聞社主筆が基調提言。宮地氏は「私たちの生活に本当に必要な物は何なのかを振り返ってみる必要がある。少し不便でもいいから安心で安全な生活を送ろう」、中馬氏は「リニア中央新幹線をつくって、どんどん電気を使うことが本当に文明なのか、豊かで幸せなことなのか」「文明を考える機会を得たと思って前進していこう」と訴えた。
 福島県から県内に避難している人も登壇した。沢村健一、こづ恵夫妻は「今は電気もガソリンも食べ物もあるが、(震災当時のような)何もない時ほど人の心が温かく感じるものです。本当の豊かさとは何だろう」などと語った。(深津弘)

きみに読む物語 DVD 2005年作品

レンタル作品 事前情報無しでみました。

アメリカでこんな素晴らしい映画が出来るのになぜ戦争などという愚かな行為を国外で続けるのだろうか。

純愛物語が風景の美しさと共に紡がれていきます。
夕日にうつしだされる湖面(川?)を滑るボート。
渡り鳥で溢れかえる湖面の中を二人を乗せてゆっくりと進むボート。

貧富の差があっても、それが埋められる時代のアメリカ。
男女が自由に主張し合う社会。

自由を謳歌しているアメリカ。

生老病死の普遍の中で人生という旅をこんな風に終えていきたいと思う人が多いのだろう。

良い映画でした。
ニューシネマパラダイスを想い出しました。

おやじを泣かせます。

きみに読む物語 スタンダード・エディション [DVD]
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きみにしか聞こえない DVD 2007

事前情報無しでレンタル

長野県海ノ口 丘から見渡す広大な平野、そこを流れる川
鎌倉 人の居ない海岸線、江ノ電、お寺の石段、商店街

1時間のタイムスリップとタイムとラベル

若い人たちのための物語かもしれませんが、中年のオジサンが見ても良いでしょう。
ラジカセなんて今の学生さんには分からないでしょうね。
携帯電話をある意味逆説的に捉えた物語です。

真っ赤なソニーのラジカセ、鎌倉の海岸でカセットテープに声を録音するシーン。

他者との関係性の中で生かされる人間、そして循環する時間の中でのめぐり逢い。

単なるラブストーリーではない素晴らしい映画でした。


きみにしか聞こえない [DVD]
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カラオケ


白金台で過ごした青春の仲間と!

日本の田舎は宝の山 曽根原久司 日本経済新聞出版社 2011年

日本の田舎は宝の山 曽根原久司 日本経済新聞出版社 2011年
図書館本


曽根原さん(1961−)は都会での幾つかの職種を経験した後に山梨県の白州に移住され、農村起業として薪の販売をされていたそうです。その後、地域の活性化といわれる町興し的な活動で有名になります。本書はほとんど成功体験をもとにされているので、へそ曲がり読者としては若干面白みが減るように思います。おそらく曽根原さんはご自身の失敗も楽しんでいるのかもしれませんが。

高度成長時代は農村からの働き手としての若者の都市集中が起こり、その結果として農村部の人口減少と過疎化が進みみました、そして定まらない政府の農業政策等もあり限界集落などという言葉が生まれ、不耕作農地が増えることになりました。

曽根原さんは、そんな現状こそ逆にビジネスチャンスだと指摘しています。
そして全国で展開される種々な取り組みを紹介して、農村起業の楽しさや人生の充実感を示しています。また当然、起業により収入も得ることを前提にしているので、ビジネスとしてのアプローチも書かれています。

ただ、個人的に知っているプロジェクトで期待通りには進んでいないものもあります、現状ではまだ補助金や助成金といった公金が呼び水になっていて、詳細を詰めていない感はあります。

これから確実に日本がむかえる超高齢化社会と人口激減社会の中で、行政に依存しない農村起業が大きく日本を変えていくことを願うばかりです。

日本の田舎は宝の山―農村起業のすすめ
日本の田舎は宝の山―農村起業のすすめ
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1957年 世界は恐怖する 死の灰の正体 亀井文夫作品

世界は恐怖する 死の灰の正体



世界は恐怖する 死の灰の正体

亀井文夫作品集 1957年制作原水爆実験後の日本の実態


福島県原町(現・南相馬市)生まれだそうです。因縁を感じざるを得ません。


僕が生まれる前に出来た映画。
放射能に対する危機を持って映像に残されている事に感動します。

後半部分に刺激的映像がありますので心臓の弱い方は見ない方がよいかも。

また映像の中で出てくるマイクロマイクロキューリーという単位はピコキューリー(10のマイナス12乗)です。
1Ci=3.7x10の10乗ベクレルです。



湯豆腐とネコ

渡辺謙さん、ダボス会議スピーチ

東京新聞:渡辺謙さん、ダボス会議スピーチ全文(TOKYO Web)


他のメディア(TVも含めて)は渡辺さんが脱原発を訴えた事を報道してませんね。

東京新聞をとられていない方のために。

スイスで25日に開会した世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」で、俳優の渡辺謙さんがスピーチに立ち、各国から寄せられた東日本大震災の被災地支援への深い感謝と立ち上がる決意を語るとともに、原子力から再生エネルギーへの転換を訴えた。

 渡辺さんは、震災発生直後から、インターネットにメッセージなどで被災者を応援するサイト「kizuna311」を立ち上げ、現地を幾度も訪れるなど、支援活動を積極的に続けている。

 スピーチは現地時間25日午前(日本時間同日午後)に行われた。渡辺さんは「私たちの決意として、世界に届いてほしいと思います」と話している。

 スピーチ全文は次の通り。

 初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

 まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

 私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

 その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

 しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

 それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

 私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

 そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

 「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

 いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

 国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。

これからの日本のために「シェア」の話をしよう 三浦展 NHK出版 2011年2月

これからの日本のために「シェア」の話をしよう 三浦展 NHK出版 2011年2月
図書館本

非常に面白い、示唆に富んでいると思う。
まだ僕自身の理解不足かもしれないが「シェア」は共有とは訳さないほうが良いのだと思う。私有に対する共有とは違う文脈の中に存在する「シェア」というイメージであり、価値観なんじゃないかな。

団塊世代とそれを引き継ぐ高度成長期(バブル)経験世代の価値観は郊外の一軒屋であったり高層マンション所有であったり、自家用車の所有であったりする(特に都市居住者)。しかし、借金してまで家を所有したり車を持つことに価値を見出さない若者が増え(決して貧困層でないにもかかわらず)ている現状。
三浦さんが指摘するように日本全国には空き家空き部屋が800万(首都圏200万戸)あるという現状でシェアハウスが流行している。またレンタル出来るならレンタルで身の回りも用意してしまう。
あるいは時間貯蓄(日本的には地域通貨的)という価値観なども今後の流れのひとつになりそうです。

シェアハウスは共同体ではない。共同体からイメージされることは、成員の固定、束縛、空間的限定、時間的永続性、共同体同士の排除、競争、だと三浦さんは考える。
だから共同体から共異体(先の共同体イメージの対極)へのシフトを考える。
また大家さん側としても個別に部屋を貸すよりシャアハウスの方が儲かる例がかなりある。
シャアハウスの背景には団塊の世代等が購入した住宅やマンションに次世代の人が戻らないこともあるようだ。住宅地や団地から子供の声が聞こえなくなり老人だけの地域になる現状。逆に今後はそんな地域に若者が部屋を無料で借りて爺ちゃん婆ちゃんと共同生活なんていうシーンも考えられる。

またシェアはモノだけではなく、喜びといった感情のシェアもある。
ポスト資本主義的な流れがきているのでは対談の中で締めくくっていることに納得。

ただ、あえて触れていないのかもしれませんが、貧困におけるシェアに関しては書かれていない。「下流シェア」と「中上流シェア」では文脈が異なってくるだろうから。

そして先日大久保であったアパート火災、生活保護の方の53700円が住居費に支給され、それが大家さんに直接振り込まれるシステム。隣の部屋の人の顔も名前も知らない生活。
何か上手いシェアの方法で楽しく安く人生を過ごす手立てはないのかと思ってしまったのである。

これからの日本のために 「シェア」の話をしよう
これからの日本のために 「シェア」の話をしよう
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熊避け鈴


イニシヤル入り(笑)
こちらで購入。 私、会員です。リニア新幹線の環境アセスにも積極的に発言していて、自然エネルギーにも積極的です。

羆撃ち 久保俊治 小学館 2009年

羆撃ち 久保俊治 小学館 2009年
図書館本

久保氏(1947−)のハンターとしての人生。
趣味でなく猟を生業としたいと子供の頃から考え山で生きる決意をする。さらに75年にはアメリカのハンターガイド養成学校にも入学してアメリカでの狩猟やガイド経験を持つ。
読んでいて思うのは、自然や動物に対する愛情の深さである。また猟犬として育てたフチとの生活の記述などは犬と心の会話が出来る魂の純真さをあらわしている。
生あるもの斃し、肉や毛皮を生きる糧にする猟師、森に生かされる人間が自然の中で限りなく動物と対等な立場で対峙する。
狩猟サバイバルなどと言って遊びで鉄砲を使うもの書きとは根本的に異なるノンフィクションである。

同じく北海道で久保氏より前に生きた今野保氏のいくつかの著作と同じ匂いがする作品である。

こんな文章を読むと、街で暮らす人間の生に対する脆弱さを感じざるを得ない。
鹿を撃った後
恐らく痛みも感じる間もなく倒れ、命が消えようとしている。もし魂があるならば、その魂が野生に帰っていく最後の動作のようにさえ思えてくる。致命傷を負いながら必死で生きようとする野性の生命力にも驚かされるが、意識と敵意のまったくない静けさの中で繰り返されるこの動作に、私は野生の持つ神々しさ、崇高さを強く感じた。
命への責任
自然の中で生きるものの価値とは何だろう。生命とは死とは何なんだろう。そうか死だ。自然の中で生きてきた者は、すべて死をもって、生きていたときの価値と意味を発揮できるのではないだろうか。キツネ、テン、ネズミに食われ、鳥についばまれ、毛までも寝穴や巣の材料にされる。ハエがたかり、ウジが湧き、他の虫にも食われ尽し腐って解けて土に返る。木に養分として吸われ、林となり森となる。森はまた、他の生き物を育てていく。誰も見ていないところで死ぬことで、生きていた価値と意味を発揮していく。

二人のお嬢さんが小さい頃の記録テレビ番組が大草原の少女みゆきちゃん [DVD] としてあるようだ。ぜひとも見せていただきたいと思う。

羆撃ち
羆撃ち
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蝉しぐれ   2005

藤沢周平原作

人生は思い通りにはならないという普遍。
しかし季節は時間の流れの中で今を過去にして進んでいく。

清流、森、海、里。

ラストシーンの言葉の美しさとせつなさ。

川船の中で背を船に委ねる。
そのとき、彼の人生は自然の中に溶け込んだのだろう。

そして循環する時間の中で、また彼女と出会う日を想って。

蝉しぐれ プレミアム・エディション [DVD]
蝉しぐれ プレミアム・エディション [DVD]
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世界平和のために生涯を捧げた中村克郎先生

asahi.com:「きけわだつみのこえ」中村克郎さん死去-マイタウン山梨



「きけわだつみのこえ」中村克郎さん死去


   ■「功績はかりしれぬ」わだつみ会現理事長

 戦後日本を代表するロングセラー作品となった遺稿集「きけわだつみのこえ」を編んだ甲州市の産婦人科医、中村克郎さんが22日、亡くなった。86歳だった。戦争の悲惨さや平和の尊さを訴える反戦活動に心血を注ぎ、国内に大きな足跡を残した。関係者からは死を惜しむ声が絶えない。

   ◇「使命感に燃えていた」妻

 克郎さんは1925年、医師家庭の三男に生まれた。東大医専部卒業後、塩山で中村医院を引き継ぐ一方、「わだつみのこえ」を編集する日本戦没学生記念会(わだつみ会)の理事長を70〜93年に務めるなど、平和運動に身を捧げた。

 学徒出陣で戦地に赴く東大理学部の兄徳郎さんから、のちの「はるかなる山河に」や「わだつみのこえ」につながる「日本戦没学生の手記」を受け取ったことが克郎さんの活動の原点。最盛期で約500人を数えた学生団体、平和団体の代表として「わだつみのこえ」の編集、出版にとどまらず、言論活動の先頭に立った。

 現理事長の石井力さん(72)は「中村さんが会に果たした功績ははかりしれない」と話す。

 戦火に散った徳郎さんの無念を思い、「戦争の否定と軍備の廃絶のために戦う」と言い聞かせていた克郎さん。そんな克郎さんの意をくんで、東京都内で産婦人科医院を営む長女はるねさん(57)が中心となって取り組んだのが、克郎さんが集めた書籍や文書などの資料を一堂に会した「わだつみ平和文庫」の開設だった。

 克郎さんは12年ほど前に交通事故に遭い、脳梗塞(・こう・そく)で倒れてから亡くなるまで10年近く塩山市民病院で闘病を続けた。親族やボランティアら約3万点の資料を整理し、2008年10月に開館にこぎ着けた。はるねさんが寝たきりでほとんど口を開くこともなかった克郎さんに伝えると、「ありがとう」と答えたという。

 昨年11月には、立命館大国際平和ミュージアムに、平和文庫から徳郎さんの手記など約49点を寄託した。

 遺族によると、最期の克郎さんは病院で家族が見守るなか、眠るように息を引き取った。死因は肺炎からくる急性呼吸不全だった。

 地域で数少ない産婦人科の町医者として、地域医療も支えた。

 孫の多謝さん(28)は今年、米国の医学系の大学院へ進学することが決まった。「おじいちゃんみたいな、心が豊かで広い医者になりたい」と話す。

 一番の理解者として支えた妻照子さん(85)は、「どちらが本業かわからないくらい熱心でした。使命感に燃えていたのかもしれません」とほほ笑んだ。

   ◇

 克郎さんの葬儀は24日午後0時30分から山梨市上石森155の1のアピオセレモニーホール山梨で。喪主は妻照子さん。自宅は甲州市塩山上於曽1092。
(床並浩一、佐藤美鈴)

《キーワード》 きけわだつみのこえ 太平洋戦争の戦没学生の手記をまとめた遺稿集で、初版は1949年。推定販売部数は200万部を超える。47年に刊行された東大戦没学生の手記集「はるかなる山河に」をもとに中村さんら編集メンバーが全国の学生の手記を加えた。版を重ねるごとに国民各層に共感の輪を広げた。

生きざま 中村克郎先生

反戦、医療ささげた生涯 : 山梨 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)


戦没学徒の遺稿集「きけ わだつみのこえ」を編集した甲州市塩山上於曽の中村克郎さん(86)が亡くなった。訃報から一夜明けた23日、地域医療にも貢献した中村さんをしのび、親戚らが弔問のため自宅を訪れていた。

 中村さんの兄、徳郎さんは1944年にフィリピン付近で戦死した。東大に入学したばかりの42年、学徒出陣に駆り出された末のことだった。

 徳郎さんは出征前、最後の面会で中村さんに対し、悲痛な思いをつづった手記を手渡していた。この手記が「きけ わだつみのこえ」の原点。中村さんは、兄と同じように戦場で命を落とした若者たちを思って編集に取り組み、49年の出版にこぎ着けた。

 中村医院を開いた中村さんは、産婦人科と肛門科の専門医として地域に親しまれていたが、同医院は03年に閉院。交通事故で右足を骨折したことが原因で、2000年頃から寝たきり生活を送り、08年頃からは脳血栓を患っていた。

 長女はるねさん(57)は08年、自宅近くにあった元中村医院の建物を利用し、私設文庫「わだつみ平和文庫」を開設。中村さんが集めた戦争などに関する資料や書籍など約3万3000点を公開した。はるねさんによると、わだつみ平和文庫の内部を撮影した映像を見せたところ、中村さんは「ありがとう」とつぶやいたという。「それが父の最後の言葉でした」とはるねさん。

 はるねさんは中村さんの死に顔を見て「反戦運動と地域医療に一生をささげ、全てをやりきった美しい顔をしている。父の思いを受け継いで世界平和を訴えたい」と話した。
(2012年1月24日 読売新聞)

ルポ 下北核半島 鎌田慧 斉藤光政 岩波書店 2011年8月

ルポ 下北核半島 鎌田慧 斉藤光政 岩波書店 2011年8月
図書館本

読んで思った事。
自分の無知と無教養、そして無関心がとんでもない負担を地方に押し付けていたことを。
東京電力がなぜ青森に必要なのか?
むつ市、六ヶ所村、大間、東通、むつ小川原開発。

青森県が核の捨て場にされ、原発が誘致され、さらには戦争の前線基地として日米が最新鋭兵器を配備しアジアを越えてアフガン、イラク戦争に係わっている。軍用基地やレーダーサイト。

原発や再処理問題を鎌田さんが、米軍基地、自衛隊関係を斉藤さんが書かれている。

六ヶ所の核基地化は政府と財界の規定方針だった。下河辺敦氏の後援等より。
三点セット(ウラン濃縮工場、低レベル放射性廃棄物埋設センター、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター)から五点セットへ(MOX燃料工場、再処理工場)

大間原発反対運動;故熊谷あさこさんが娘の小笠原厚子さんと建てられたログハウス(あさこはうす)の話。

思いやり予算、交付金といったものはすべて税金であり、基地や原発に依存しないと生活できないように誘導した国や企業、でも実は一人ひとりの国民が選挙で選んだ政治家であり、拝金主義化した日本全体の問題が青森であり沖縄なのだというのが事実なのだと3.11を経験した多くの人が認識したのではないだろうか。

鎌仲ひとみさんの「六ヶ所村ラプソディー」も是非。

ルポ 下北核半島――原発と基地と人々
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六ヶ所村ラプソディー [DVD]
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内閣府が認めた年金の世代間格差

衝撃的な内閣府版「社会保障の世代間格差」 - 学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学) - Yahoo!ブログ



若い人が日本で働く気が無くなるのがよくわかります。

原発再稼動だとかリニア新幹線、ダム建設なんて言っている場合じゃないと思うよ。

大胆な政策転換をしないと(その内、支持政党無しの無党派層の人たちで政権が変わることを期待するが)、優秀な若い人材はぜ〜〜ぶ海外に出てしまうでしょう。


Profile
鎌倉おやじ
趣味:イワナに遊んでもらう、菜園、読書、焚き火、ランタン

愛読人:内山節、池田晶子、養老孟司、山本素石、高桑信一、相田みつを、宮本常一、網野善彦、野田知佑、南木佳士、川上健一 佐藤優 内田樹(順不同)

夢:晴釣雨読で自給自足、在来魚保護 (最近釣りにはそれほど熱中してません、年のせいでしょうか)
お薦め映画